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世代間連鎖・エネルギー視点から考える子育て

17.親の問題と自分の問題の境界線

 2005年3月1日(火)

 

土曜日に、2月の世代間連鎖のセミナーがありました。
昨年末からずっと母との問題に取り組み、かなりの気づきがあったのですが、この日は大きな収穫がありました。

 このセミナーでは、交流分析の手法も取り入れています。人は6〜7歳までに人生の脚本を書き終えます。たとえば、「人は裏切るもの」「どうせ私なんか大切にされない」というように。


その中で、「相手が詫びようと、謝ろうと、何があっても許さないと決めたときがある。」場合の話が出ました。理由なく決めたことなので、決めた自分に気づくまで抜けることができない。ということでした。

 その時心に浮かんだのは、父の、

 

「俺は、一度俺を裏切った奴がどんなに後から詫びてこようと、自分が悪かったと謝ろうと、絶対に許さない。それは、謝ったからと言って許されるものではないのだ」という言葉です。「私は、これこそが、人としての道理なのだ、父が正しいのだ」と、理由なくずっと信じてきました。そして、何をしても父から許されない自分の情けなさを思い、なんて自分は悪いことをしてしまったのか。私はいつでも間違っている存在なのだと信じてきたのです。

でも、違ったのです。父に何があったのか知りません。なぜそう決めたのか知りません。ただ、父は、「自分に逆らった奴は絶対に許さない」と決めていたのです。相手が正しかろうと、自分が間違っていようと、そんなことは関係ないのです。単に、父が、「自分に逆らった奴は何があっても許さない」と決めていただけのことなのです。


私が良い子だろうと、悪い子だろうと、成功しようと、失敗しようと、一度反抗した私を父は許しませんでした。それは単に、父が、そういう風に決めていただけのことなのです。

私が悪いわけではありませんでした。私には関係ないことだったのです。私は私を信じて良い。父の幸せと私の幸せは違うのです。

 私は、父が描いた「自分に逆らった娘が幸せになれるはずがない」という父のストーリー通りに、どんなに努力しても不幸せなままでいないと「父が間違っている」と証明してしまい、父に悪いような、親不孝のような気がしていました。

 

 そんな期待は裏切って良いのです。そんなストーリーは。

 

 私は幸せになっていい。

 今までにも増して、確信できた一日でした。「根拠なく自分が悪い」と思っていた重さから解放されるって、なんて気持ちの良いことなのでしょう。

 

 

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