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アダムスファミリー的日記

  

 エネルギーに呑まれる

2005年5月17日(火)

 

そういえば、一昨日、少し前に買ったメークの本がやたらに気になり、昨日の朝も本を見たりしていた。メークの本など欲しいと思ったのは20年ぶりくらいなので、自分でも不思議な感じだった。それにしても急にお化粧が気になるのは何だったんだろう。と思いながら昨日ある会合に出たら、1人の方がメークアップアーティストだった。
うーん、なるほど。
 飲み屋さんにも行ったこともあり、かなりのエネルギーを背負ってきてしまった。一昨日の重いリュックを背負った疲れもあるのだろうが、足の方に特に重いものをつけてきたようだった。だいぶ頑張って浄化してきたつもりだけれど、今日は身体がどうにも気持ち悪く、夫にヘルプ。「この足、いったい何をつけて帰ってきたんだ?」といわれても、「まぁ、いろいろね・・・」。

 横浜の外人墓地の近くを通ったのだけど、坂の階段の曲がり角には何かしら溜まっているようだ。朝通ったときはそれほどでもなかったのに、暗くなってくると気配が強くなるのはなぜなんだろうな。恐いわけではないが、寒気がまとわりついてくるのでうっとおしかった。やっぱり故郷に帰りたいよね。

 

 

吸い込む私

2005年5月18日(水)

 

カエルがいなくなってしまったそうだ。あまりにショックを受けている息子を見て不憫になり、田舎の従姉に電話してみた。畑もあるというので聞いてみたら、いるという。捕まえて送ってくれることになった。やれやれ。本当に、いざというときに頼りになるのは”人”だなーと思う。今は、本当に寂しい人が多い時代だと思うが、生の人間同士というか、子ども時代から成人に達するまでに人とぶつかり合い、絆を深めていく機会が少なくなっている今、本気で分かり合う関係を作ることができないのだから、寂しいのが当たり前なのかも知れないl。

 久しぶりにヒーリング兼クレンジングの練習に行った。かなりのものが溜まっているのはわかっていたが、夫が「ねじれている」と言った身体を、何とかタマネギ掘りの帰りの、おみやげの重さのせいにしたかったのだが、やはり大笑いされてしまった。「J子さん、タマネギは一個も見えませんよ〜、しかしありとあらゆるもの吸ってきましたねー、また。」うーん、おっしゃるとおり!確かにヒーラーに言われたように左半身には、何かにべっとりとくっつかれている感じはしていた。どうもニョロ系のものが張り付いていたようだ。そりゃあ、最近行ったところを考えれば無理も無い。
とりあえず身体は軽くなり、2日間取れなかった胃痛が取れた。やはり私の痛みではなかったらしい。

 

 

 

命の炎

 2005年5月19日(木)

 

16年一緒だった飼い猫の寿命がもう尽きようとしている。
ネコは3つだか4つだかの魂を持っていると言うが、うちのネコは、もうすでに3、4回死にかけている。今度は自分の寿命なのかも知れない。

 この子の親は、迷いネコだった。白くて華奢なきれいなネコだった。雨の中鳴いているのがあまりに不憫で、つい部屋に入れてしまった。
 数日後、こたつの中には子猫が3匹いた。1匹は間もなく死に、2匹は残った。とても飼えないのでどこかで引き取ってもらおうと思ったが、一緒にいた友人が引き取るというので、結局そのままになった。半年後、一度はさよならしたのだが、友達の都合もあり、1匹だけ引き取ることになった。そのネコが今のネコである。
親ネコと姉ネコは交通事故で間もなく死んだ。親ネコは、子ネコの後を追うように、ほぼ同じ場所で子ネコが死んだ数日後に車にはねられた。

 思えば不思議な縁だった。今のネコは、子猫の時から、親よりも私の側に来た。親ネコが私の懐で寝ていても、おしのけて私の懐に入ってきた。他の誰にもずっとなつかなかった。
私がひとりぼっちでつらいときも、ずっと私の側にいた。お金がないから、病気になっても病院に連れて行けないから、具合悪くならないでね、と話をした5年くらい前から、一度も医者に連れて行くほど悪くなることはなかった。
この冬は、夜寝るとき、私の顔を舐めまくった。しなくなったのは、2週間ほど前からだろうか。1ヶ月くらい前から、体温が下がってきたようだった。餌もほとんど食べなくなり、今は水だけである。呼んでも鳴かなくなり、かすかな動きで答える程度だ。私のことも、わかっているのかどうか。本能だけで生命を維持しているのかも知れない。
 今日はもう、後ろ足すらほとんど踏ん張れないようだ。歩くのもようやっとという感じ。

 

 

愛猫との別れ

2005年5月21日(土)

 

 

 猫は今日逝った。朝まで持たないと思い、一緒に寝ていたのだが、逝ったのは、今日の午前9:45位だった。
 近くにペット霊園があるので、夕方家族で連れて行き、合同葬でお願いした。本当は、私にとっては特別な存在だったし、個別葬にして、遺骨をもらおうかと思ったのだが、それを考えたときや、後から夫に話したときに、急に左肩が痛んだので、そうじゃなくて良かったのだろう。

 

 あの猫は、本当は、前世の記憶があったのではないかと思っている。恐らく、私とあの猫は、夫婦だったか恋人だったか、何かしらの深い縁があったのではないかと思っている。昔から私とBFの間を相当邪魔したし、夫にも渋々なついたが、それでも、必ず夜は私と夫の間に入り、夫には尻を向け、しっぽでほおを叩いた。
雌猫だったので、「彼女」なのだが、”猫”という存在として覚えて欲しいのではないのかも知れない。
 きっと今まで私を見守ってくれていたのだろう。もう役目を終えてもいいと思ったのだろう。
 ゆっくりおやすみなさい、ビーちゃん。今まで本当にありがとう。

 

 

 

エネルギーに距離は関係ない

 2005年5月24日(火)

 

 

  覚悟はしていたものの、やはり身体が重くてどうにもならない数日だった。精神的なものなのはわかっているけれど、結構つらい。夫は、Bちゃん(猫の名)の気配を感じると言うが私にはまったくわからない。ほとんど一体化しているのかも知れない。今朝、強い寒気が来たが、夫にも来たという。
 夕方、ペット霊園から、火葬が済みましたと連絡が来た。1Fの店にいた夫が、2Fにいかなくちゃとふと思って上っていったら、ちょうどその知らせの電話が鳴ったという。Bちゃんがお別れに来たのだろうか。
自分の中で答えが出せるまで、もう少しかかるだろうな。

 話は変わって、昨日実家で妹に会った。「何だかわからないけど、R(私の息子の名)とM(娘の名)を連れて、東京タワーに行った夢を見たわ」「あ、そう、やっぱり・・・。ここのところR君は近くにある電波塔を見て、東京タワーに行きたいって言ってたんだけど、じゃあ、Sちゃん(妹の名)が一緒に行ってくれるように聞いてみようねって言ってたんだよねー。」「・・・」
以前にも、同じようなことがあったのだが、どうも妹はうちの息子の意識をキャッチしやすいらしい・・・。
 Sちゃん、今度東京タワー、よろしくね〜((ё_ё)

 

 

 

悲しみ

2005年5月25日(水)

 

  待ちに待ったヒーリングの日。どんなにこの日を待ちわびたことか。
とにかく毎日からだが重くてどうにもならない。残されたもの、私の方の執着なのだとはわかっているが、16年間当たり前のように側にいた対象がなくなった喪失感は、どうすることもできなかった。
その他いろいろなものも引き寄せているのだろうが、とても今の私には浄化するだけの元気もなかった。ようやっと楽になれる・・・!やっとの思いでたどり着いた。

 やはりだいぶ引き寄せていたらしい。でも、Bちゃんは、ここにとどまっているととても苦しい。とにかく早く手放してあげた方がいい。と言われた。言われていることはよくわかるし、自分でもわかっているつもり。それでも手放せない、自分のエゴ。
ごめんね、Bちゃん。約束は守ったんだからそれでよかったはずなのに、これもしてあげなかった。あのときこうしてあげれば。などなど私の方に後ろめたさがあるのだ。
そう、手放せないのは私。

 とにかく、だいぶ軽くなった。きっとBちゃんは、この先上から私を助けてくれるだろう。
私の方から受け入れるだけのことである。

 

 

ペットを愛する

2005年5月28日(土)

 

妹が短期のアルバイトのためにヒーリングをキャンセルしなきゃならないから代わりに行かないか?と言われ、喜んで行かせてもらった。先生は1ヶ月ほどハワイに行っていたので、久しぶりだったのだ。
つい先日も別のヒーラーにヒーリングしてもらったのだが、こういう世界がわかってくると、本当に、今、ペット受難時代だなと思う。
普通だったら自然に上に帰れる動物たちが、残された人間の側の執着で、上に行けない。昔のように数年で死んでしまうのと違い、十数年生きるペットも普通になった。ペットの側だって、飼い主への執着がでるだろう。

 昔から、動物の死をあまり悲しんではいけないという。思いが残ってしまうから。
本当にその通りだ。昔の人はちゃんとわかっていたんだと思う。
 「死」という別れの際に、執着を持つのはほとんど残された側だと思う。誰かが言っていたが、それは、死者のことを悲しむのではなく、残された自分が可哀想だから泣くのだ。と書いていたが、その通りだと思う。もちろん、志半ばで逝ってしまった人の無念さを悼むということがあるだろうが、それより、やはり残された寂しさ、悔しさ、怒りなどが湧くのが普通ではないだろうか。

ヒーラーと浄化していたとき、Bちゃん、ここにいる方が苦しそうだから、上に上げてあげた方がいいと思います。と言われた。私も確かにそうだろうと思った。
悲しいのは悲しいし、寂しい。でも、Bちゃんには楽になってもらいたい。
先生にも、Bちゃんは、上に上げてもらった。

 今、Bちゃんの事を思い出そうとすると、脳裏に浮かぶのは、とても満足そうに優しい顔をして気持ちよさそうに眠っているBちゃんのイメージだ。寂しくないわけではないが、上で見守っていて欲しいと思う。

 

 

 

瞬時につながるエネルギー世界

2005年6月3日(金)

 

ヒーラーから、Bちゃんが死んで、Bちゃんとつながると、それを通じて、今までよりも敏感になる、つまり、今まで見えなかったものまで見えやすくなるかも知れないと言われた。両刃の剣であるわけなので、余計にコントロールが必要になってくるわけである。
 そういえば、確かにここのところ、寒気がくるのが多い気はする。メールを通じて、その方の亡くなったお母さんが来ることもあるようだし、新聞記事を読んでいて、ということもある。確かにあちらの世界はどこへ行くのも瞬時・世界中どこでも可能、という感じらしい。

 

 寒気と同時に、涙が出てくるので(全然悲しくないのに)だいたい想像が付く。追求すると囚われるので、できるだけ淡々と上に上げるようには努力しているが、今の私では、全部独りで、というわけにはいかないかな。
いつでもハイヤーセルフと保つなんて、いったいいつ頃になることだろう・・・

 

 

 

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