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アダムスファミリー的日記

 ヒーリング力

2005年5月1日(日)

 

  昨夜、息子が熱を出した。風邪かなー。寝冷えということもなさそうだけど。「何か変な物口にしなかったか?」という夫の問いに、うっそういえば・・・
一昨日葛西の臨海水族園の壁から流れる滝のような水に口を付けてしまっていた!あれを飲んだかも・・・( ̄□ ̄;)。そう。家の息子は毎年水遊びのシーズンになると、最初に水遊びに行った場所で(たぶん、上水道じゃない水を飲み)必ず初回は熱を出すのだった。

 

 うーん。寄生虫とかいないといいんだけど・・・。

日曜日にどこにも遊びに行けないと知った息子は「早く治してよ」と迫る。「いやー、治してといってもねぇ。普通は治せないんだよー。」といいつつヒーリングを試みる。息子はどんな病気でも親が治してくれるものだと思いこんでいるらしい。確かに世間一般に比べてかなり軽かったり早く治るのは確かだけど、状態によるよねー。
それでも39度近かった熱も朝には平熱に下がり、幸いなことに今日一日上がることもなかった。午後にはさっさと公園に遊びに行ってしまっていたし、明日は保育園に連れて行けそうだ。

 

 

 

じんましんは「いやがる」心の現れ

2005年5月2日(月)

 

 息子の蕁麻疹が再度出現して1週間。保育園でもせかされ、小児科へ。私が子どもの頃出ていたのと同じようだし、特定の食べ物とか、物質が原因でもなさそうだし、それほど心配するほどのものでもなさそうだけど、(祖父が医者だったけど、私は塗り薬くらいしかもらわなかったし・・・)本来もっと大騒ぎするほどのものなのだろうか。
ふと気が付いたことがあった。親子相関、心身相関の視点から想像すると・・・

 

 息子には、つい最近までつばを吐く癖があった。気に入らない人にも吐きかけた。精神的なことがあるのだろうとは思ったが、ちょっとやそっと言い聞かせてもどこ吹く風なので、とりあえず、それはしてはいけないことだと、かなり真剣に叱ったら、ここのところしなくなった。蕁麻疹はその後のことである。どちらも、言葉に表現できない思いや不満が身体と行動に現れているのかも知れない。根っこがなくならない限り、一つの行為を禁じても、他の形で現れると言うことなんだろうな。

 とにかく、連休でもあるし、薬はもらってきた。実はそれとは別に、精神的な要因のひとつに、息子が病院に行きたがっているということがあるのではないかと私は思っている。そこの小児科は、置いてあるおもちゃが素敵なのだ。息子は、前回行ったときから、明日行く?お薬なくなったから行く?またぶつぶつでるから行った方がいいんじゃない?と、ずっと言っていた。蕁麻疹が出たらお医者さんにいけるなんてこと、考えているんだろうなぁ(;-_-R;)。
やっぱりおもちゃのない病院を選んだ方がよかったかなー。

 

 

怒りのエネルギー

2005年5月3日(火)

 

子どもを連れて区営のプールと公園に行った。11時前にはプールに入れた。ちょっとパンでもかじって、2時か3時には帰るつもりだったが・・・・公園を後にしたのは5時15分は回っていた。

 なぜだか、公園にいる間私はとてもいらいらしていた。早く帰りたいという気持ちはもちろんあったが、普段怒るようなことでないことにカッとしてしまい、子どもをしかりつけている。
たいていは、こういうお母さんを横目に、そんなに怒らなくてもいいのに・・・と思っているのに、である。

 
 離れて浄化すると少しの間怒りは治まるのだが、またかっとする。参ったなぁ。本当に早く帰りたかった。私がいらつけば、当然子供たちもいらいらするだろう。泣いたり、泣かされたりとせわしない。
 ちょっとした公園でのトラブルで、こちらは結構下手に出たつもりなのだが、相手の怒りをかったかもしれない。よくわからないが、最近は、無表情、で無反応な人が多い。自分の言い分が受け入れられないと見ると、無視する方向に行くと言った方がいいのか、普通だったら謝ったり、お礼を言うのをきっかけに少しは会話が始まるであろう場面でも、まったくとりつく島のない風のお母さんも結構いるように思える。また、現代は子どもの数が少ないせいか、大人の視線が、というより監視が厳しいと感じることがよくある。ちょっとでも子どもが泣いたり、大声を出していたりすると、一斉に視線を集めるのだ。だから結構こっちも緊張してしまう。

 帰り道、自分でもびっくりしたのだが、汚れた手のままの子供たちが私の手を握ってきたとき、「嫌だ、触らないで!」と拒否したくなった。「うわー。真っ黒」と思っても、今までは別にそんな風に感じたことはなかったのに。

 

 家に帰ってから、夫にすりすりしたら、怒りが瞬時に湧いてきたと言われた。あー。いらいらしているお母さんが多いのかなー。しっかりもらってきたらしい。
子供たちはお腹ぺこぺこで家にたどり着き、食べたら間もなく眠ってしまった。二人で向かい合って仲むつまじく(姉は弟の方に手を掛けて)眠っている。あまり可愛いので思わず写真を撮ってしまった。周りのエネルギーを受けていたとはいえ、くだらないことで怒ってしまって可哀想なことをしたと反省している。いや、確かに私の中に怒りはあったと思うが、相当増幅されていた気がする。

 

休めない私

2005年5月4日(水)

 

  今日は夫が子どもを連れて出かけたので、気分的にはゆっくりできた。子供たちは可愛いし、一緒にいるのは楽しいのだけれど、やはり毎日逃れようもない日々が続くと、少し休みたくなってくる。
一日ぼーっと過ごして昼寝でもしようかと思ったが、もったいなくて、冬物のかさばるジャケット類を抱えて実家に向かった。ゆっくりすればいいものを・・・と思いつつ、悲しい習性か、ドライ洗剤を使ってジャケット類を洗おうとしたら、母がうちのも洗って欲しい、というので、結局3回も洗濯機を回した。それも、結構つきっきりで・・・
とりあえず洗濯が済んだからいいか・・・

 

 重さから3日間動けないという妹を迎えに行き、エネルギーの話などしながらしばし実家にて歓談。上野博物館の恐竜博を見に行った夫から、「今上野」の電話がかかり、あわてて駅に向かった。
あーあ。休もうとすると何だかもったいなくて落ち着かないこの私。果たしてぼーっと一日過ごすことが自分に許せるようになる日がくるのか!( ̄∇ ̄; !!

 

 

 

 敏感体質

2005年5月6日(金)

 

夫の足の調子が悪かった。うーん、だいぶ汚れが溜まっているような・・・(施術者がこれではお話しになりませんね(^-^;)

 ここのところ少しリフレをしてあげるようにしたら、少しは足のむくみが取れたようだが、まだ触ると痛がるので、エネルギーケアに行く前にオイルリフレをしてみた。どうも腸の調子がよくないらしい。夕方帰ってからボディリフレのモデルをやってもらうと、また、腹の具合がおかしいという。

 

 夜になっても具合が悪いと繰り返す。ふと思い当たった。明日来るお客さんの中に、過敏性腸症候群の方がいる。ひどくなったのは、そのお客さんが来ることを話してからである。彼はお客さんが過敏性腸症候群だとは知らなかった。でも、しっかりキャッチしている・・・「それって、あなたのお腹じゃないよ、たぶん」と、説明する。「もしかしてそのお客さんて花粉症もある?頭痛もするんだけど・・・」うーん。頭痛はわからないけど、花粉症はひどいらしかったなぁ。
どちらにしても、敏感体質というのは結構しんどいものである。でも、そこはプロなのだから、明日のためにも夫には、負けずに浄化しておいて欲しい。
がんばれ!我が夫!

 

 

 

「気」で直るおもちゃ

 2005年5月7日(土)

 

 

娘のカードコミューンが最近ずっと静かだと思ったら、壊れていた。おもちゃドクターでもある夫がなにやらやっている。と、声が聞こえた。

 「あれっなおったんだ。どうやったの?」「気を送った。」以前、おもちゃドクター仲間でも、不思議がられていたらしい。
便利な能力ではある。

 

 

 

母の誕生日

2005年5月8日(日)

 

 

 昨日は母の誕生日だった。いつもこの季節、母の日とだいたい同じになる。子供たちが、ハッピーバースデーしに行きたいというので、ケーキを買って実家へ行った。母は午後出かける用事があり、父の機嫌が悪かった。そんなことお構いなしで騒ぐ子供たちに対し、「うるさい!」と一喝・・・。だけど、最近は大きな声が出ないので、昔ほどの迫力はない。

 でも、神経を逆なでしたくなかったので、「おじいちゃんは今日機嫌が悪いから、静かにしてね」というと、子供たちも納得した様子。
怒られてもめげずに、おじいちゃんの側に行く子供たちには敬意すら覚える。
自分たちが拒否される存在だなんて、考えられないんだろうなー。羨ましい限りである。

帰ってきて、早々と二人とも寝てしまった。子どもを早く寝かそうと思ったら、朝早く起こして、心ゆくまで遊ばせるのが一番だわね。

 

 

 

触れる、ということ

2005年5月9日(月)

 

 ボディリフレの組み立てをしているので、夫にモデルを頼んでいるが、今日ぽつりとつぶやいた。「触られるって気持ちいいよな。何だか、ここのところモデルをやってたら、随分小さいときのことを思い出してきたよ。訳もなく、涙がこみ上げてくることもあるんだ」

 たしかに、マッサージ類にはそういう効果があると思う。肉体を持つこの世に生まれてきたからには、やはり、スキンシップというのは、とても大事なことなのだと思う。魂だけの世界では、どんなに高尚な素晴らしい高まりがあっても、肉体が触れあうということはないのだから。

 同性であれ、異性であれ、やはり、優しく触れてもらうということは、人にとってとても大切なことなのだろう。

 

 

 

檻の中の猫の鳴き声を聞く

2005年5月10日(火)

 

 昨日、あるお家で家の外の檻の中で飼われているネコの鳴き声を初めて聞いた。「ちょっと、来てよ。構ってよ」というような、そんな声に聞こえた。こんなに檻の中のネコが気になるのは、私の若い頃を思い出させるからなのかも知れない。

 詳細は省くが、20代の頃、父は、私を数年間の間、生かさず、殺さず、家に縛り付けた。実際に出ることができないわけではなかったが、精神的にがんじがらめに縛られていた。今思い出しても、ため息が出る。身の安全は保証されているけれど、自由がない。そんな苦しい時代のことが、私の身体に何かを感じさせるのかも知れない。はっきりとした記憶というわけではない。ただ、身体が何となく反応する。
それから比べると、今はいろいろ大変だが、幸せだと思う。

 

 

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