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じゅねさんの子育てマニュアル

  

58.愛とは時間である                             

2005/10/7(金) 午後 8:51

 

 そういう風にセミナーで教わりました。乳幼児の頃、どれだけ母親と幸せな時間を共有できたかによって、子供のその後が決まってくる。ということを指しています。

 たとえば、同じ2時間を誰かと過ごすとしましょう。その人がいつでもヒマなので会える、というのと、忙しい時間を縫うようにして、何とかあなたと会う時間を作るから会おう。というのと、どちらが貴重な時間と思えるでしょうか。

 嫌々子供といる時間が長くても、それは双方に良いとは言えないかも知れません。表面に出さないようにしても、子供はちゃんと親の抑圧された拒絶を受け取ってしまっているのですから。

 二人の子供は保育園育ちです。長女は1歳から、長男は11ヶ月から。実は、この1ヶ月というのはかなり違いがあると思っています。本当は、まだ手放したくはありませんでした。でも、保育園から空きができたと連絡があったのに、断ればその後入れるとは限りません。仕方ありませんでした。


 娘と2歳違いなので、息子が3歳までは、一緒の保育園でした。しかも、その頃は私もフルで仕事をしているとは言えなかったので、保育時間は9:00〜4:00でした。

 転居後も、上の娘が年長だったので、7ヶ月間転園せずに、片道自転車で30分近くかかる道を、前後に子供を乗せて週5日通いました。往復時間だけで、夫も私もへとへとでした。送っていって一息つき、ちょっと仕事をしたと思うとすぐ迎え。私立の園で、父母会が盛んだったので、毎年何かしらの役につかねばならず、大変だったのですが、その反面子供たちや父母や先生方とふれあう機会も多く、またのびのびとして素晴らしい保育園だったので、できることなら息子もあと2年通わせたいと思ったくらいです。

 子供にとって、うまくいっていないわけではないのに親の都合で子供を移すのは、その影響の大きさを考えると、わかっているだけにしたくはありませんでした。

 でも、やはり親の都合で転園させることになりました。今度は最初から9:00〜6:00で預かってもらえることになったのです。区立だったので、親が何かする必要もほとんどありません。楽でした。

 でも、息子の側としてはどうだったでしょう。

 

 自分を長い時間預けられると喜ぶ母、自分たちのためにやることが減ったから楽になって良かったと喜ぶ母。その姿を見て、息子はどう思ったでしょう。自分はやっかいものだと感じたかも知れません。子供にとっては、長い行き帰りの時間も、楽しいひとときだったのではないでしょうか。親が自分たちのために頑張っている姿を、身体で感じられた貴重な時間だったのかもしれません。

 今、そのことを悔やみ、罪悪感に浸りながら生きているわけではないのです。そうしなければならない事情もありました。ただ、善悪ではなく、しなかった、手を抜いてしまったことのツケは、払わなければならない時が来ます。

 

「得た物と失った物」どんな選択にもそれはある。だから、選択したことによって起こってくることは、その時は、素直に受け入れて、精一杯それに取り組みたいと思います。それは、事情がどんなであれ、わが子の保育を他人の手に任せた、「私の選択」の結果であるのですから。

 

 

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