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じゅねさんの子育てマニュアル

 

22.「私」という存在を差し出す                      

2005/11/29(火) 午後 9:56

 

そこで子どものそばにいる人のあり方はまずはbe(ing) ・・・ 受動性(自分を差し出してる) ・・・ただひたすら居るそして必要があれば do(ing) ・・・ 能動性(働きかけ) ・・・ 「ああしろ、こうしろ」の順です。

 

 「2005年 11月 28日 芹沢俊介氏 講演会」 のブログより
 
ここを読んで、何かが自分の中でつながりました。
「自分という存在を差し出す」ということは、自分があるようでいて、「無」の境地と同じようなものではないだろうか・・・そんな風にふと思いました。そこに、「私が」という「我」は存在していないのではないかと。
 そして母性本能と呼ばれるものは、こういうことなのではないか・・・と、うまく説明できないのですが、そう感じたのです。


 

 その後、3週間ぶりにボランティア施術にいきました。最初の方の足を施術していた時、「私という存在を差し出す」という言葉が脳裏に蘇ってきました。
 「愛」は「時間」・・・自分の大切な時間を、相手のために使うこと。「愛とは幸せな時間を共有すること」
そんなことをセミナーで教わったことも・・・。胸の奥から何か熱いものがこみ上げてくるような感じで涙が溢れました(最近多いです)。


 

 いつになく、澄んだ心で施術できた気がします。何のこだわりもなく、何の不安もなく。
病院を出る前からもう、子供たちに対する愛情があふれ出て、すぐにでも抱きしめたい気持ちでいっぱいでした。
 そして、次いで夫の顔が・・・(^_^; (いかんなぁ、第一に浮かぶべき人の顔が・・・m(。-_-。)mスイマセーン)



 

 何よりも、いつもそうなりたいと夢見ている、『ふんわりとやわらかで 何のこだわりも不足もなく 澄み切った 張り切った心』
 そんな感じに一歩近づけた気がします。「幸せだなぁ」って思いました。



 

 今、子供たちの言葉の乱れ、乱暴な言葉遣い、人を傷つけるような言葉を吐くようなことに対し、大人はとても敏感になっているように思います。もちろん、美しい言葉、人を傷つけないような言い方など、「教えていくべき事」はあると思いますが、その口から出る言葉の前に、まずは「心」があるのではないでしょうか。
 十分に愛され、存在を受け入れられ、自分が愛され、そのままで生きていていい、と思える子どもが、それほど乱暴な言葉を吐くようになるとは思えません。一過性のもの、流行の言葉などそういう影響はあるでしょうが、それは、心配するレベルではないでしょう。


 

 まず、親が自分が普段何を口にしているか考えてみてはいかがでしょうか。
「(ご自身が)お母さん(お父さんは)はばかだから」「(相手が)お母さん(お父さんは)はばかだから」「お父さんみたいになっちゃだめよ」「お母さんみたいになるなよ」
 自分を値引きしたり、相手を軽蔑するような言葉を使っていませんか?


 

「お母さんバカだけど、あんたは違うから」と言って、お母さんの血を引く自分がバカじゃない、と信じられるでしょうか?「お父さんみたいにならないでね」と励ましのつもりで言ったとしても、その血を引く自分に自信を持って生きていけるようになるでしょうか?



 

 「そんなつもりはない」日常的な会話が十年以上も積み重ねられて、「ある日突然」、その歪みが耐えきれなくなって一気に吹き出すのだと思います。本当は、「ある日突然」ではないと思いますが、なかなかそのサインに気づけないのでしょうね。


 

 まずは夫婦がお互いに理解しようとする姿勢、いたわり合う姿を見せることが一番必要なことなのだと思います。子供を持った以上、そのことに対して努力をするのは親の責任であると言えるのではないでしょうか。例え、溝が深まってうまくいかなくなって別れたとしても、子どもに対し、相手の悪口は絶対に言わない。それは最低限のルールだと思います。


 

 少し方向がずれてしまいましたが、すべて、つながっているのだと思います。

 

 

 

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