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じゅねさんの子育てマニュアル 

1.「なぜ?」「あれなあに?」攻撃にイライラしない方法

2005/10/8(土) 午後 6:05

 

 誰でも経験する、子供からの「あれなあに?「どうして?」攻撃。

「いい加減にしろ!」って怒鳴りたくなりませんか?

 こうした時、みなさんどう答えられていらっしゃるでしょうか。いつでも優しく答えてあげていますか?それとも「今忙しいから後にして」とおっしゃっているでしょうか。

 基本は、「なんだと思う?」「どうしてだと思う?」と聞き返してあげることです。

そんなばかな、と思われますか?思いの外、子供は自分なりの答えを持っています。そして、幼い子供の答えを否定する必要はないのです。「それでは正しくないことを覚えてしまうのでは?」と思われますか?たいていのことは、いずれわかるようになります。
 子供は、答えを聞きたいと思っているのではなく、親が、自分のために時間を割いてくれること、幸せな時間を共有することを望んでいるのだと思います。

 一度、騙されたと思って、聞き返してみて下さい。驚くほど豊かな想像力で、考えた答えを聞かせてくれます。そうしたら、是非お母さん方は、例え違っていても、全然見当違いな答えであっても否定せずに、「へぇ、そうなんだ」「ふーん、お母さん、知らなかったわ」「わぁ、○ちゃんよく知っているんだね」と、大げさに反応してあげてみて下さい。きっと新しい発見があることでしょう。
 そして、同時に子供がどんなことを考えているのかを知ることもできます。

 一石二鳥というやつですね。

 基本的には、何歳でも同じ事が言えます。大人になっても、です。もちろん、質問の内容によっては、大人が答えてあげる必要のあることがないとは言いませんが、まずはこのやり方を身につけてみましょう。人間関係においても、役に立つと思います。(^ー^)

 

 

2. どうしていますか?「あれ買って」 

2005/10/9(日) 午前 11:15

 

 町には子供の目を引くような物がいっぱい。子供はいろいろな物をほしがりますよね。どうしていますか?

 これも、基本は、買えるものなら買ってあげる。です。

 本当に欲しい物が手にはいる、ということは、心を豊かにしてくれます。うんと高価な物は、例えば誕生日とか、クリスマスとか何かのお祝いとか、そういうときに買ってあげるのもいいかもしれません。でも、その時「旬」のものってありますからね。

 何でも買ってあげるのは良くないと思いますか?

 実は、このことと関係が深いのが、「欲求のすり替え」です。他の欄のコラムで書きいた、実際に見た例ですが、あるお店に生地を買いに行きました。ちょうど新入園、新入学の時期で、多くのお母さんが子供を連れて手提げ袋の生地を買いに来ていました。子供は○○レンジャーの生地をほしがっていました。お母さんは、「もう○○レンジャーは終わったのよ。今は△△レンジャーでしょ。もうやってないんだから他のにしなさい」また、「△△レンジャーだけはやめてちょうだい。ママ、あれだけは許せないの。他のにして!」という声が聞こえてきました。子供はなかなか譲ろうとしませんが、母はもっと譲ろうとしません。
 また、例えば小学校に上がるのに学習机を買いに行くとします。子供は何かキャラクターのものを欲しがっているのに、親は、機能的な物、シンプルな物、長く使える物を選びたいとします。「この机の方がいいわよ。これだったら、大人になっても使えるのよ。キャラクターのはきっと飽きちゃうわ。その時後悔しても遅いのよ。よく考えてご覧なさい」

 こうした親を前に、自分の主張を通せる子は健全です。が、たいていの場合、こういう親の元で育った子は、親の要求をのむように訓練されています。なぜなら、似たような小さな事件は日常的にあり、もしその後で何か不都合が出ようものならその後に脅し文句が待っていることを知っているからです。「だからあのときお母さんが言ったでしょ。」

日頃の訓練の成果はこういう時に発揮されます。
 子供は、「わかった。こっちの机にする」と言うかも知れません。でも、自分が欲しい物は違うのです。あとで、「やっぱりあっちの机が良かったのに」とつぶやくのを耳にした親は言います。「だって、あなたが最終的に選んだんでしょ」最後通告です。
 自分が欲しい、正しいと思った物はすべて拒絶され、否定される。だったら、最初から親のいうとおりにした方がいい。小さな欲求不満は心の奥底に溜まっていきます。そして、こんなことを繰り返していくうちに、子供は本当に自分が欲しい物がわからなくなっていくのです。

 また、子供があまりにも物を欲しがる時、それは、本当は別の物が欲しいことがあります。親の温かい注目と愛情です。その飢えを、物で満たしたいと思うのです。だから、心が十分に満たされている子は、それほど物に執着しないでしょう。

 日常的なお菓子とか、少額の買い物なら、1回の買い物で1個だけと決めて買ってあげても害はないどころか、却って、いつでも欲しい物は手にはいる、という安心感を子供に与えるのではないでしょうか。

 自分が子供だとして想像してみましょう。いつもいつも自分の欲しい物が手に入らないという経験を積み重ねると、卑屈になってくると思いませんか?そして、一度手には入ったら、いらないものでも二度と手放すもんか、と思うようになるのではないでしょうか。

 あとは、ベースとして、パートナーがいるのなら、方針をしっかり決めておくことです。こういう時、ママが駄目と行っても、パパはこういう時は買ってあげてもいい。とか、親はこういう時しか子供に買ってあげないことにしているけれど、おじいちゃん、おばあちゃんには、買ってもらっても良い(暗黙の了解)など。一貫性を持つことは大事なことです。

 でも、やっぱり一番大切なことは、子供が本当に欲しい物を親が与えられているか、自分を振り返ってみることだと思います。

 

3.しつけって何歳から始まると思いますか?

2005/10/10(月) 午前 11:22

 

しつけ、しつけといいますが、しつけって何歳くらいから始めるものでしょうか。

 考え方にもいろいろあるかもしれませんが、最初のしつけは、トイレトレーニング、と言われています。

 さて、おむつはいつ頃はずれるでしょうか。親が最初に最も興味を持つところですよね。

 親御さんの中には、都合上早く取れれば楽なので急ぐ傾向にあるようですが、だいたい3歳〜4歳くらいでしょうか。たしかにそのくらいになるとだいぶ人でできることが増えてきますから、しつけ始める一般的な目安となるかも知れません。

 でも、その前にとても大切なことがあります。

親子間の信頼関係がきちんとできているかどうか。です。
 おぎゃーと生まれて、100%誰かの手に自分を委ねる経験から、少しずつ一人でできることが増えてくる中で、失敗しようが、相手の都合に合わせなかろうが、充分「私」は受け入れられる、という安心感が親との間にできて、初めて「しつけ」という、子供にとってはつらい作業が可能になるのだと思います。

 この基礎ができるのがだいたい3歳くらいなのですが、私はきちんとしたしつけの作業に入れるだけの基礎を気づくのにそれよりはかなり時間がかかりました。たぶん、上の子が小学校に入るくらいだったでしょう。でも、現在たいして不都合はありません。子供は本当に、必要な時には一気に吸収してその分を取り戻すことができます。
 
 誰でも、自分が社会に受け入れられる存在になれることを望んでいます。だから、そのために必要なことを学ぶことは、本来、子供にとって喜びであるはずでしょう。そのためには、あまり育児書や、周りに惑わされないで、わが子をよく見ることです。早熟な子なのか、マイペースなのか、初めての子なのか、お兄ちゃん、お姉ちゃんがいるのか、それでだけもかなりの差が出てきます。人はどうしても、「早くできた例」「うまくいった例」ばかりに目がいきます。
 子供時代なんて、その後の人生に比べればほんのわずかな時間なのです。しっかり子供時代を送らせてあげませんか?

 急がないことです。そして親がわが子のために恥をかくことを嫌だと思わないこと。早すぎるしつけはその後の人間形成に歪みをもたらします。

 私がよく先生から聞いた言葉です。「しつけとは、親がしつづけること(挨拶、謝罪、日常のことなど)、おしつけとは、親がしてもいないことをこどもにさせようとすることです」

 

 

 

4.登校渋り、登園渋り・・・「今日行かない」にどうします?

2005/10/12(水) 午前 10:49

 

 「学校行かない」「保育園行かない」「幼稚園行かない」


 どう対応してますか?


 待ってました!のチャンス到来です。
 

子供が問題を起こす時は、いつでもチャンスなのです。


 まずはあわてず騒がず、しっかりと寄り添って、「ああ、そうか、行きたくないんだねぇ。」
と抱きしめてあげましょう。「おうちにいる方がいいんだよね」「お母さんといたいんだよね」(←たいていそうですよね)と、感じたことを言ってあげて下さい。
 この時、「どうしたの?」「何かあったの?」「どうして行きたくないの?」などいきなり聞かないことが大切です。


 そうして間を取ることで、たいてい子供は泣いてみたり、愚痴を言ったり、何かしらの反応を見せるものです。泣いていたら、しっかりと抱きしめてあげましょう。話しをしてくれたら、「ああ、そうなんだ」「そうかぁ」「なるほど」、ちょっと上級になって、「そういう風に思ったんだね」「〜(子供が言ったことを繰り返してあげる)と○ちゃんは思ったんだね。」と、とにかく話しをさせてあげて下さい。「でも××ちゃんだってこう思ったんじゃない?」とか「それは○ちゃんだってよくなかったんじゃない」などと言う必要はありません。


 初期の頃なら、一通り話しを聞いた後、少ししたら、じゃ、学校に行こうか、とか、保育園行くよ、と声をかければ何事もなかったかのようにでかけるでしょう。


 そんな時間はない?  ノンノン。今を逃したら後は長引きます。今を惜しんではいけません。


 子供があまりにも、親が急いでいる時にばかりぐずるという時は、もう問題が溜まっているのです。こういう場合は、しっかりと今の生活を見直す必要があります。小さい頃は親が力づくで動かすことはできますが、力関係が逆転した時に大きなしっぺ返しとして現れてくるのです。


 とりあえずその場は連れて行く、ということは仕方ないですが、その場合は必ずしっかりと子供と向き合う時間を作って下さい。「時間」は取り戻しようがありません。幼いころの時間を軽視すると、その後の一生に影響が出ます。異性が関わってくる頃までに問題が解決されていないと、もう親が頑張っても解決が難しくなってきます。


 「傾聴」「アクティブリスニング」という技法が近年注目され始めています。そんな講座を見つけたら、参加してみるといいかもしれません。
 
 
 

5.「ごめんなさい」が言えない子は、素直じゃない?

2005/10/12(水) 午後 8:22

  

 よく、3歳くらいのお子さんを持つお母さんの中に、「ごめんなさい」が言えないと悩む方がいらっしゃるようです。

 このくらいの年齢の子が、「ごめんなさい」と言わないのを素直じゃないのではないかと心配する必要はまったくありません。むしろ、この年齢の子供に「ごめんなさい」と言わせる、もしくは言うようにし向けることは虐待に近いと言えます。
 3、4歳ではまだ、良いこと、悪いことという意識がありません。もちろん、これをしたら親が怒るとか、不機嫌になる、ということはわかるので、親の顔色を見て謝る、ということはしますので、「してはいけないことはわかっているはず」というのも一応道理ではありますが、自分の中で善悪の判断ができているわけではないのです。幼いころから「ごめんなさい」を強要された子が大きくなると、自分に自信を持てず、はっきりとした意見も言えず、理由なく罪悪感を持つようになります。周りからいじめられたり、ないがしろにされたりすることも多くなるでしょう。

 他でも書きましたが、先日保育園でちょっとした事故があって、5歳の息子と話をし、彼は自分が相手に謝るということを選択したのですが、お世話になっている先生から、「それは、彼に謝らせたのよね。」と言われてしまいました。その後、相手方から、「あのとき謝ってもらって嬉しかったわ」と言われ、息子はとても晴れ晴れとした顔をしていたので、あれで良かったんだ。と思ったのですが、よくよく考えてみると、やはりそれは違うことに気づきました。故意に相手を傷つけてしまったわけではない息子をまず第一にかばうということを、私はしなかったのでした。「これはまずい」と、とっさに世間体を考えてしまったのです。息子から考えれば、保育園でもお友達に責められ、肩身の狭い思いをしたことでしょう。やはり、私が全面的に背負えばよかったのでした。

 子供が小さい頃は、喜んで親が恥をかきましょう。恥をかくにしても、まだ可愛い恥で済みます。ペットを飼うにも、ペットは下の世話をしてくれる人に、何より信頼を寄せるはずです。子供も同じこと。一番自分の恥ずかしく逃げたい出来事を喜んでかばってくれる親に対して、どうして悪い感情を寄せるようになるでしょう。また、子供が親に頭を下げさせてくれるのをありがたく思うことです。子供のために頭をいくら下げても身長が減るなどと言うことはありません(ない・・・はずですが・・・?)。間違っても、「お前のせいで私が怒られたじゃない」とか、「お前のせいで恥をかいた、かかされた」などとは子供に言わないようにしましょう。どうしてもそう言いたくなるあなたは、ご両親からそういう風に言われたことがあるのではないでしょうか?
 自分の保身ばかり図っていると、結局はツケがまわってきて、大人になった子供から大きな恥をかかされることになりかねません。そんな事件、最近世間をにぎわせてはいないですか? 
 全部つながっているんですよ〜(´ー`) ウフフ。

 ここで書いているのは、ちょっと世間的な常識と違うと思われるかも知れません。ここでは、表面上に起こってくることを扱うのではなく、非常に深いところにある心の育て方を扱っています。
ちょっとわかりづらいかもしれませんが、この欄を続けて読んでいただけると、何を言いたいのかがだんだんとわかって頂けるのではないでしょうか。

 

 

6.イライラしない子育てのために

2005/10/16(日) 午後 0:16

 

 相づちの練習をしましょう。

特に子供が小さいうちは、訳のわからないことは言うわ、わがままは言うわ、素直に謝るなんて言うことはしないわ、大人の理屈が通らずにイライラすること、よくありますよね。

 優れたカウンセラーは、相づちを大変上手に使います。
「へぇー」「そうなんだ」「なるほど」「ふーん」「ああ、そうなんだね」「そっかそっか」「それは知らなかったなぁ」「いやー」バリエーションはいろいろあります。その言葉に、また驚いた仕草、嬉しそうな仕草、悲しそうな仕草、一緒に腹を立てるような仕草を加味すれば、あなたも演技派俳優の仲間入り☆

 「受容」という言葉があります。受容は、相手を肯定することではありません。相手を「良し」とするから受け入れることとも違います。相手の意見や言うことが「自分とは違っていても」そのままでいい、と思えることです。だから、子供が間違ったことを言っても、否定したり、諭したりするのではなく、そのまま受け入れてあげてみませんか?

 子供の中には、子供なりのストーリーが一杯に詰まっています。正しいとか、正しくないなんて、二の次でいいんです。「それでは間違った方向へ行ってしまう」と思いますか?
 そんなことはありません。人は誰も修正機能をもっているのですから、ちゃんとその時その時受けとめてあげれば、子供は正しい方向に向かっていくことができるでしょう。

 子供のストーリーを遮らない工夫が必要です。子供は親に考えを聞いて欲しいだけなのですから、「それは違うんじゃない」「それはこうだ」と、大人の理論で返す必要はないのです。

 子供を小さな大人にしまうことは、見た目はいいのですが、一生を通して考えると、有害なことが多いのです。親の仕事は見守り待つことだと覚悟を決めて、子供の成長はゆっくりと見守りましょう。

 

 

7.バランス感覚

2005/10/18(火) 午後 2:46

 

 私の妹の一人は、生後半年の病気が元で、重度の心身障害児となりました。そのこともうちの家族関係に影を落としたわけですが、問題の根はそんなところではなく、すでに両親の生い立ちから始まっていました。


 

 障害児の姉というのも子どもの頃は結構つらいものでした。ましてや不健全な家族関係の中で育ち、またその後の環境もあったわけですが、私はどこに行っても何となく仲間はずれな気持ちを持ちながら成長しました。
考えてみれば、心のふるさとであるべき家族の中で仲間はずれだったわけですから、しかたないですね。
 仲間はずれがどこへ流れていくかと言えば、何となく仲間はずれできた人たちの中へ入りやすいわけです。そこで何が起こるかというと、普通の関係よりもまだ激しい仲間はずれ合戦、生き残り合戦ということになるでしょうか。


 

 要は、「自分の居場所」が持てないので、いつも不安なのです。人間というのは、サルと同じで群れの中で生きる生物です。誰もが一番恐れるのは、「自分がひとりぼっちになること」なのだと思います。


 

 だからこそ、皆さん、子供が仲間からはずれないよう、少しでも優位な地位にいられるよう、一生懸命しつけや習い事、勉強などに心を砕かれるのだと思います。


 

 妹のこともありますが、友人が福祉系の大学に行ったこともあり、私は知的障害のある青年達と関わるボランティア活動に5年ほど参加していました。そして、私自身が生きにくさに苦しみ、カウンセリング、自助ミーティング、セミナーなどに参加しました。長年やってきて気づかされたのは、


 

「重要なのは、障害の程度、問題の程度ではない」


 

ということです。


 

 一番のポイントは、「人とどれだけ健全なコミュニケーションを持てるか」なのだと思います。


 

 健全なコミュニケーションは、どこから始まるか。といえば、当然、「親」子関係ですよね。「親」としたのは、「親」代わりの場合もあると思われるからです。(つきつめれば、究極は「母」なのでしょうが、いろいろな事情・考え方があることを考慮して、「親」としておきます。)


 

 人は最初に、100%「親」の手に委ねなければ生きられません。この時、お腹がすいて泣くと優しく抱き上げられておっぱいが差し出される。お尻のあたりが気持ち悪くて泣いたら、優しくおむつを取り替えてもらえる。不安で泣いたら抱きしめてもらえて優しい言葉をかけてもらえる、など、常に自分の欲求が満たされることが繰り返されることによって赤ん坊は絶対的に自分がケアされる、受け入れられることを学んでいきます。


 

 3歳頃までに、失敗したり、何かイタズラをしても充分愛される自分だ。というしっかりした基盤が作られると、次第に、待ったり、我慢したり、できないことを練習したり、という苦しいことが受け入れられるようになるわけです。
 
 集団の中では、どうしても力の差、というのがあります。強い人もいれば弱い人もいる、うるさい人もいればおとなしい人もいる。幼いころは自分を全部さらけ出して順位合戦をし、次第に、自分がどの程度のところにいればいじめられたり、仲間はずれにされないでやっていけるか、という空間的な認識をつけていくのだと思います。「その集団の中での自分の位置づけ」はマイナスな意味ではなく、自分の身を守るために大切なことだと思うのです。


 

 何も人は一つだけの集団の中にいるわけではないですし、例えば同じ集団の中だって、学校を例に取れば、算数は苦手だけど、走るのは速い。とか、その時々で位置づけが変わるわけです。この「柔軟性」、空間の中でやじろべえのように、あっちへ傾き、こっちへ傾きしながらちゃんとバランスを取っていられる、ということができれば、人の中で苦しい思いをしないですむことでしょう。


 

 それには、まず安心できる所属場所が必要になります。ここならば、「私が私でいていい場所」「『私』という存在を受け入れてくれる場所」・・・。


 

 家族の入れ物である、最初の社会「家庭」が自分の揺るぎない居場所であれば、人は外で傷ついてもまた鋭気を養うことができ、そうでなければ、エネルギーは補充されないまま、また外で傷つくことになり、生きる元気を無くしていきます。
 
 だからこそ、「しつけをするの前に必要なこと」は、しつけをする側とされる側の間に、絶対の信頼感を築くことでしょう。しつけがうまくいかない、と悩んでいらっしゃる方の多くは、その前段階ができていないのかもしれません。思い切って、ここの関係を築くことに集中して取り組んでみませんか?多少わがまま、などというのは、いずれ集団の中で修正されていくものだと思います。子供は柔軟です。ちょっとくらい人より成長が遅くても、時がくれば一気に取り戻します。


 

 思い出してみて下さい。小学校に入った頃自分より字が読めなかった子が、ずっとそのままでしたか?小学校、中学校で輝いていた子が、同窓会で会ってみたらしぼんでいたり、逆にはな垂れ小僧だった子が
ぴかぴかに輝いていた経験はないですか?皆さんは、自分の子がどんな大人になってくれたら嬉しいのでしょうか? 

 

 

 

8.ちょっと弱音

2005/10/22(土) 午後 6:19

 ここを読まれている方は、私を子育て上手だと思われているのでしょうか?

 いえいえ、気づく、反省、修正、の日々です。確かに子育てはとても楽しいです。私にとっては、楽しいというより、面白い、といった方がしっくりくるかも知れません。子供たちの話をそのまま聞けるようになってからは、まとわりつかれることも苦でなくなりました。

 とはいえ、親との支配・被支配、パワーゲームに巻きこまれてきた私です。子供の世界はパワーゲーム。ようやっと乗り越えてきた道の苦しさをもう一度まざまざと見せつけてくれる子育てが楽しいだけの訳はありません。

 今日は予約が入らなかったし、来週は土曜日も子供を保育園に預けなければならないので、保育園はお休みにしました。本当はちょっと離れた大きな公園に行きたいと言っていた息子を連れて行ってあげるつもりだったのですが、なぜか今日は雨。おばあちゃんのうちにでも行く?というと行きたいとの返事でそのつもりでいたら、突然お姉ちゃんと一緒に児童館に行くといいます。娘はどうしても児童館に行くというので学童と同じ時間に一人で児童館へ。

 やることをすませ、お弁当を作って出かけたのはお昼ちょっと前。土曜日も学童に預けられている子というのは、わりと寂しい思いをしている子が多いように思います。

 娘は言葉の後れもあり、いじめの対象にはなりやすいし、パワーゲームにも巻きこまれやすいのでしょう。ただでさえ、小学校低学年では皆感情を表に出してぶつかりあっていました。

 今日は、息子と私が行ったこともあり、力のバランスが崩れたようです。いつもはそれなりに3人でくっついたり離れたり争ったりを繰り返しているらしいのですが、息子の取り合い、私の取り合いなど、なんだか収集が着かない事態になってしまいました。

 わが子が仲間はずれにされているのを見るのはつらいものですが、わが子が誰かを仲間はずれにしているのを見るのもつらいものがあります。学童の先生がときどき声をかけてくれますが、なかなか仲間内でのトラブルは収まりません。そのうちある年上の子が来て、結局娘は仲間から完全にはじき出されてしまいました。

 満たされない者同士のパワーゲームというのはかなり激しいです。思いの強い子ににらまれたら、そうそう太刀打ちできるモノではありません。娘は、どうしても標的になりそうな要素を複数持っているので、かわいそうなのですが、しかたないのでしょう。

 児童館というのは、エネルギー的にも重い場所です。何よりパワーゲームを目の前で見せつけられるのは、私にとって厳しいのです。たぶん、だからこそ、私は小さい子の面倒を見るのがつらいのだと思います。本当に、保育園の先生にも小学校や学童の先生方にも感謝です。

 まあ、私にできるのは、家で思いきり子供を抱きしめてあげることです。あれだけ熾烈な争いがあっても、娘は家に帰るとたいして気にしていないようです。充分エネルギーを満たしてあげる・・・。それでリセットされるのでしょうね。娘は、一日に一度くらい、未だに私のおっぱいを吸っています。安心するようです。

 

 

9.わが子をよく観察してみる

2005/10/24(月) 午後 9:20

 

 今、「発達障害」と言われる子供が増えています。その原因は諸説さまざまなので今はおいておきますが、子供のことに対し、そんなことまで今心配しなくても、ちゃんとできるようになるわよ。と言いたくなる親がいるかと思えば、心配した方がいい子供を平気平気、と見ている親も見かけます。

 わが子に何かしら障害があるかも。と認めることはつらいことですから、大丈夫だと思いたい、という親御さんは結構多いのかも知れません。でも、やはり子供に何かしら発達の障害がある場合、早期に気づくことによって、社会に適応していくことが楽になるケースも多々あると思います。
やはり、子供をある程度客観的に見る必要もあるのではないでしょうか。

 以前、それほど親しくしていた方ではありませんでしたが、お子さんがだいぶ情緒不安定に見える方がいました。知的な遅れがあるかどうかは定かではありませんが、集団の中でコミュニケーションを取ることは難しいように思えました。でも、その子のお母さんは、男の子だけど、ちょっと女の子みたいに臆病で泣き虫、という風にしか捉えていませんでした。その子が小学校に上がる前にお母さんとお話しをする機会がありましたが、その子の学区の小学校は、モデル校で、結構勉強のレベルも高いところだと聞き、「それじゃ、大変ねぇ」と言ったところ、「その方が却って良かったのよ。だって、あとはあの子に頑張ってもらうだけだから」という返事が返ってきて、一瞬返す言葉に詰まってしまいました。

 一般に、わが子が通う学校のレベルが高いことを喜ぶ親は多いのだと思いますし、別にそのことが悪いと言うつもりもありません。私自身も小学校はモデル校といわれるところで、レベルはかなり高かったと思います。(私は成績悪かったですけれど・・・(^-^;)

 ADHD、、アスペルガー症候群、LD児など、早いうちに親が気づき、適切にサポートすることによって、子供の良い面を伸ばしてあげることもできるし、わからずに追いつめてしまい、おかしくなるのを避けることもできるでしょう。

 また、発達障害とまでいかなくても、その子その子によって、発達するのが早かったり遅かったりするので、あまり早いうちに何でも平均的、また平均以上にできるようにさせようとするのは、あまりいい結果をもたらさないのではないでしょうか。

 成人してから閉じこもったり、登社拒否になったりする方たちの親御さんと話しをするたびに、そんなことを思ってしまいます。やはり、親が誰よりもわが子の理解者として温かく見守ることが大切だと思います。

 

 

10.子供の話を「聴く」コツを身につけましょう

2005/10/26(水) 午後 9:56

 

最近子育てサイトのブログなどを読んでいると、時に、お母さん方(お父さんのこともありますが)が子供のことに関してちょっと心配しすぎ、というか、いじくりまわしすぎかな、という感じを受けます。

 わが子が仲間はずれにされる、逆に友達を仲間はずれにする、嫌いだといわれた、など、特に乳幼児や小学校低学年くらいまでの場合、親が思うほどには、子供同士の間に深刻な問題は少ないのではないでしょうか。くっついたり、離れたり、昨日まで仲良かったグループが分裂していがみ合ったりなどというのは当たり前のことで、そうやって人間関係の訓練をしていくものなのだと思います。

 「○○ちゃんが、遊んでくれなかった」とか、「誰も遊んでくれない」などと子供が言う時も、「きっと○○ちゃんはこうだったんだよ」とか、「△ちゃんだって、お友達と遊びたくない時あるでしょ?」などと答えるよりも、「ああ、○○ちゃん、△ちゃんと遊んでくれなかったんだ」「△ちゃんは○○ちゃんと遊びたかったんだね」「みんなと遊びたかったのかな」と、子供が心の中にためていた思いを引き出してあげればいいのだと思います。子供の話を、否定もせず、肯定もせず、批判せず、同情せず、ただただそのまま聴いてあげる・・・。

 「○ちゃんは、△ちゃんのこと嫌いなんだ」「△ちゃんは○ちゃんが△ちゃんのこと、嫌いだって思ってるんだね」「だって○ちゃん、△ちゃんのこと××って言ったもん」「ああ、△ちゃんのこと、××って言ったんだ」「××っていうことは、△ちゃんのこと、嫌いだって言うことでしょ?」「ふーん、そういうことなんだ・・・」
 なんていう感じでどんどん聞いていってあげると、何となくその子の気持ちはおさまってしまうと思うのです。本当は、一言「こうじゃないの?」って言いたくなるでしょうが、それは言わずにおいた方がうまくいくようです。子供は子供なりの答えをちゃんと持っています。親は、ただその気持ちを受けとめてあげることで、子供は安心するのでしょうね。
 親が子供の問題を解決してあげようとは思わないことが大切だと思います。

 もちろん、時にはどう考えてもその年齢の子供にしては普通でないいじめが起こることも考えられますが、特殊なケースになると思います。

 

 

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