「私」に気づく基礎講座
9.世代間連鎖のセミナーに参加して 10月
2005/10/29(土) 午後 8:18
月に一度のセミナー。非会員さんも参加できることになり、登録者は70人を超えました。
今日は初めての研究員が午前中の講義を受け持ち、いつもと少し趣向が違いました。
・私はこんな人間です。 ・私は駄目な人間です。 ・私は価値のない人間です。 ・私は劣っている人間です。 ・私はつまらない人間です。 ・私は心配ばかりしている人間です。 ・私は人の中に入っていけない人間です。 ・私は言いたいことを言えない人間です。 ・私ははずかしい人間です。
講師がパワーポイントで映し出す中の、・私は劣っている人間です という言葉に私は非常に引っかかってしまいました。 ああ、私のキーワードがここにもある。 「劣っている」 誰に比べて?まったく根拠のない私の劣等感。父は、ある時は、学生だった私と一流のプロを比べました。お前なんか才能もないくせに、そんなことで仕事をしていくつもりか!と叱責されました。幼い時から、「お前は人間として劣っている」というメッセージを浴びせ続けました。 今になってよくよく考えてみれば、どこが周りの人と比べて劣っていたというのでしょう? でも、植え付けられたメッセージは私の中に深く刻み込まれ、何か刺激を受けると、突然頭をもたげてきたりします。
その後、二人ペアになって、片方が立ったまま相手を見下ろし、もう片方が跪いて見上げる。というワークをしました。もちろん、途中で役割交代。
最初に立って見下ろした時、相手を扱いやすい、コントロールするのが簡単。支配してやろうじゃない。という優越感を持ちました。反射的に出たのです。そして、その直後、それをしてしまいそうな自分に嫌気もさし、少しだけ居心地が悪くなりました。罪悪感。要はそんな自分を受け入れるのが嫌だったのでしょう。
逆に相手を見上げた時、相手に威圧感を感じると同時に、私の中の子どもの自分が相手を見上げているような感覚を持ち、何となく居心地が良かったのです。ずっとそうやって親の支配を受けてきた私には、「これこそが私の位置」というなじみ深い感覚を味わったのだと思います。
「気づいた。」ということは、意識上に上ってきたのだから今後変わってくると思うので、それを期待しましょうo(^-^)o。
午後はG研究員による、椅子のワークを交えた講義でした。参加者のほとんどが、わが子の閉じこもり、問題行動などで悩んでいる親です。子どもが投げかけてくる言葉、メッセージが、本当は何を意味するのか、そんなところが見えてきました。
相手が言っていることをそのまま受けとめたら決して解決には向かわないでしょう。そうではなく、何がその奥に潜んでいるのかをきちんと捉えて切り込んでいくので、問題が次々と解き明かされていく。いつもながら鮮やかです。
最初はとんちんかんなことを言っていた参加者達も、だんだんと的を射たとらえ方ができるようになってきています。私も、5年目になってようやっと、自分が勉強してきたことを「使える」段階になってきたなぁとここのところ密かに(?)思っています。

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