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「私」に気づく基礎講座 

4.問題の重要性〜マル・トリートメント

 2005/8/5(金) 午後 10:46

 

 虐待問題というとかなり悲惨な状況を思い浮かべ、自分のまわりにはあまり関係のない出来事と考える人が多いのだと思います。
 ところが、この枠を少しずつ広げていくと、至る所でこの先深刻な状況になる可能性が高い家庭が多く見られます。

 その考え方に、先日子どもの虐待防止センターの方とお話しをしたときに伺ったのですが、「マル・トリートメント(mal treatment)」すなわち「不適切な取り扱い・適切でない子育て」という言葉が使われるようになっているそうです。たしかに、親が子どもを「不適切」に扱うケースは非常に増えており、そのことに親もまわりも気づいておらず、返ってそういう親に対する世間の評価は「いい親、素晴らしい親、子どものことを考えている親」というものであり、それに従って生きている子供たちは「よい子、素直な子、礼儀正しい物わかりのよい子」などという世間の評価を受けています。
 こういう子供たちが困るようになるのは、かなり年齢がいってからのことが多いでしょう。学校を出たのに働けない。働いたけどすぐ止めてしまう。30歳を過ぎてから引きこもる。結婚しない。子どもをうまく育てられない。それまでまともそうに見えただけに、その後のフォローは大変です。

 根深い問題なので詳細は省きます。子どもの問題と見えるものを解決するのに重要な鍵を握っているのはその親ですが、親自身が自分の問題を直視できないことが多いものです。このことがさらに問題を複雑化、深刻化し、連鎖へとつながっていきます。

 先日もある高校生の子からSOSが来ました。その子の親がちょっと問題をおこしたのです。でも、親は決して自分の問題に向かい合おうとはしません。その子は自分も苦しんでいるにもかかわらず、それ以上に親のことを心配し、思いやり、自分が何とかしてあげたいという気持ちを持っています。自分しか親を支えられない、何より大事な親だから。その思いに、涙が出てきました。

 自分に問題がないと思っている人を治療の場に連れてくることはできません。本人が困って、何とかしたいといってこない以上、こちらにはどうすることもできないわけです。もちろん、相談に来てくれたからと言って問題が解決するかどうかはわかりませんが・・・。でも、気づかないよりはずっとましでしょう。少なくとも、親が現実を見ないような家庭では、なかなか介入ができず、子どもが親の問題に巻きこまれていくのを見ても、止めるということはできません。
 その子の場合は、比較的近くに住んでいる仲間の協力を得られ、苦しい胸の内を聞いてもらうことができました。

 楽観視はできませんが、少しでもその子の苦しい思いが和らげられることを祈っています。
こうして、一人支えることすら大変な労力が必要ですが、支えが必要な人たちはすごい勢いで増えていることでしょう。地道に活動を続ける以外今の私にはできませんが、もっともっと国レベルで考えていかないと、日本は本当に数十年後には大変な状況になることは明らかです。
 国を動かす人たちが、もう少し先見の明を持ってくれたら、こうした問題をないがしろにしないのではないかと思うのですが、皆さん自分の目の前のことばかりに関心が行ってしまうようですね。

 流れを止めるというのは難しいことだと思います・・・。はぁ〜・・・(┐ ̄  ̄┌)。
 

  

 

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