エリート回復者からのメッセージ
5.「積み木くずし真相」前編を見て
2005/9/3(土) 午後 3:21
夜は子供がいるから見られないので、先ほど夫と一緒に昼ご飯を食べながら、涙ながらにビデオを見ていました。今日は後編ということで、とても楽しみにしています。 『積み木くずし』出版の時も、そんなもの出して大丈夫なのか?と思っていましたが、やはり、相当に大変だったんだなぁと思いました(そうだろうとは思いましたが)。
子供の非行(とは現在あまりいわないけど)、閉じこもり、リストカットなど、問題家族はいろいろ見てきていますが、ほとんどの親が、ドラマと同じように、よくなる兆しがみえて、安心してドツボ(こんな言葉も死語?)にはまっていきます。というより、現代は、そこまで努力すらしたくないという親も多いようです。
私も自分が立ち直る過程を思い出していました。家庭の諸悪の根源扱いを長年されていて、欺かれ続けた後、母が専門機関につながってから、16年、ほぼ最近まで、私は親を信じませんでした。あれだけのことをされてきて、悪かったと言われたからといって、わだかまりがなくなるものではありません。子供はそこまでされてきても、親を傷つけたくないと思うものであるし、年齢もいっていれば、いつまでもあからさまに「許さない」顔はなかなかできません。そこに親はつけこむのです。
そして、ほっとしたところで、また子供は問題を深めていきます。子供はずっと親を試し続けるのですから。そして、少しでも以前のような自分をないがしろにするような態度が見えようものなら、やっぱり親が改心したなんてウソだったんだと、ますます心を閉ざしていきます。経験者が語るのだから間違いありません。
私の場合は、自らもカウンセリング、ワークショップ、セミナーなど少しでも楽になるために長年通い続けたお陰で、親に期待をかけてもだめだということは悟ることができました。だから、必死になって、自分で何とかしようと思うこともできたのです。穂積さんのように、もう一度自分の犯してきた罪をを見つめるなどということができる親はまれであって、たいていは、しらばっくれるか、うちの父のように呆けていくことで現実から遠ざかっていくか、まったく受け入れないものだと思います。
私には二人の子供がいます。私と夫は、一緒になってみるまではわかりませんでしたが、「家族の中の仲間はずれ同士」が、「その気持ちよくわかるわ〜」と共感して一緒になった、いわば「仲間はずれ・みそっかす同盟の同志」です。日々努力を重ねているとはいえ、偏りがあることは否めないので、いずれ、子供たちが何かしらのSOS、変な行動をおこすことが無いとはいいきれません。
でも、困ったときにどうすればいいか、それだけはわかっているつもりです。これは、私が苦しんだ中で得た、貴重な財産なのです。
大変ではありますが、気づけば修正はできます。細かい修正を重ねていけば、社会で無理せず、孤立せず、人と仲良くやっていくことはできるようになるものだと思います。
「ほどほどに」やっていけるようになればいいじゃないか。
これが今の私の思いです。
親を許せないことはつらいことでした。自分の根源を受け入れられない苦しさ。それは、生きづらさにつながります。かといって、さあ、許しましょう、昔あったことなど勘違いだったのだ、親だって悪気なんてなかったのだ、と思って許せるものではありません。それを越えるには、長くて苦しい道のりがあるのです。 親を簡単に許してはいけません。それは、自分の本心を欺くことになるから。
また、「完全に許さなければならない」と思うから苦しいのです。「許す」にも段階があるのです。いろいろやっているうちに、許せる範囲は広がってくるかも知れません。どこまでいけるかわからないけれど、行けるところまで行ってみよう。それでいいのではないでしょうか。
私も、「まあ、今はここまでだな。よしよし」と思うことにしています。そこから進みたくないときは無理に進まないし、時が経ってまた、少し進んでみようかな、と思ったら進めばいいのです。そして、その時は、必要ならば必ずやってきます。
「母を、身体の感覚・皮膚感覚で受け入れられるように」なったらいいなと思っています。そうしたら、きっともっと楽になれるのにな。
と思いつつも足踏み状態の今の私です。

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