エリート回復者からのメッセージ
13.現実は厳しいのよ
2005/10/10(月) 午後 0:40
昨日、2週間ぶりに子供を連れて実家に行ったら、台所に父がいました。私をにらむ目が、昔の目だ。イヤーな感じ。 そして一言「日曜日に子供なんて連れてくるなと言っただろう」「あぁ、そうだった?ごめんなさい」母に聞くと、寒いのと足が痛いのとで機嫌が悪いのだということでした。
子供たちがちょっとでも騒いで入っていこうものなら、「うるさい!でてけ!」と怒鳴ります。
普通だったら、孫だけは可愛いと思うものなのでしょうが、うちの父の場合、孫まで憎しみの対象になっているのです。今さら言っても仕方ないのですが、本当に大人げないです。
昨日は全身から憎しみと怒りのオーラを発していた父。いやー、いくら自分の中の父とは和解したとはいえ、目の前の父とは父が亡くなる日まで平行線のままだろうと思うと悲しくなります。
2Fで子供たちの相手をしながら、自分を振り返ってみました。
私は自らが育った家族の中では、決して安心感をもてることはありませんでした。いつでも緊張が漂う家でした。特に父が家にいる時は、家族中が緊張していたものです。
父も母も私には遠い人です。30年も一緒に暮らした人たちよりも、8年にもならない付き合いの夫や子供たちとの距離の方がずっと近い。そのことには、やはり寂しさを感じます。
うーん。でも、やっぱり何か胸のあたりがもやもやしている。私は自分の気持ちをごまかそうとしている。これではまずい。と思い、自分の気持ちを言葉に表してみることにしました。ほとんど放送禁止用語の世界ヘ(-_-ヘ フフフフフ
自分の持っている何かに響く言葉が出てきた時、「何か」が変わりました。本当の気持ちに気づく時です。
ふと気づきました。今日の父のあの目は、「私」に向いたものではない。あれは、息子(私の弟)との間の葛藤を解決できずに私に向けたものです。つまり、私はゲームの相手、八つ当たりの相手、飛んで火にいる夏の虫、カモだったわけです。
目の前にいる父にはできるだけ近づかないことです。自分がこれ以上無駄に傷つくことは意味がないというか、有害なのですから。
妹が来て、しばし親の悪口(?)に花が咲きました。彼女は、やはりかなりの道を乗り越えています。同じ親を持ち、お互いに良き理解者でもあります。
「けっきょくさー、(職場のトラブルでも)仕返ししてやるっていうのがどこかにあるんだよねー」「そうそう、私もさっき思ったんだけど、今に見返してやる、あなたが一番ないがしろにした娘が実は一番優れていたんだぞって見せつけたいのよねー」「わかるわかる、ざまーみろっていいたいんでしょ〜」
「結局勝ち負けなのよねー」「でもさぁ、それだと、あとが空しいんだよねー」「うん、本当に欲しいものはそうじゃないんだよね〜」「あー、そんな人生はもううんざりだわー」「やだやだ、そんなものに一生つきまとわれるなんて、ねぇ?」大笑い。 「この家の緊張感の中で、大人になってもまだつらいのに、私たちって、よく生き延びてきたよね〜」
こうやって私たちは互いに気づいたことを話し合って「囚われ」から徐々に解放されてきました。 もらえなかったことを嘆き悲しむより、そのことをどう生かしてこれからを生きていくか、きっと、それが私が与えられた、もしくは生まれてくる時に自分に課した、この世での課題なのだろうと思います。 今日だけ、今日もう一日だけ生きてみよう。そうやって生き延びてきました。苦しかった。誰も助けてなんてくれないとずっと思っていました。でも、本当は救いの手はさしのべられていたのです。いつでも。 ただ、自分はその手に気づくことなく、さらに言えば、気づいても取る気もありませんでした。外から来る何もかもを拒絶していました。自分だけが必死でした。
自分一人の力ではどうにもなりません。その無力感を持てた時からすべてが始まります。そして、限りない孤独感から解放されていくのです。でも、そこにたどり着くためには、「自分が」気づいて、「自分で」始めていくしかないのかも知れません。

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