エリート回復者からのメッセージ
12.どうやって連鎖を断っていくか 〜気づき編
2005/10/7(金) 午後 1:20
私は片づけが苦手。自分でもよくわかっています。 確かに、住んでいるアパートの収納力を越える量の物があるのですから、収まるわけはないのですが、それにしても、ごちゃごちゃしていると思います。
特に紙類(新聞様の物、子供の描いてきたり、作ってきたりした作品、広告、試し刷りなど)があちこちに散らばっています。スペースが狭いので、当然歩くところにも新聞があります。大切な印刷物なども、ちゃぶ台の下からはみ出ていたりします。「踏むな!」と叱り、シュンとした顔の子供たちを見ながら、「片づけてないのは私だよなー。」と反省し、「だから片づけなさいっていっているでしょ!」と毎晩怒りながら、散らかっているパソコン周りを見やる・・・。
「矛盾してるよね・・・」わかっているのです。だから、逆に、「ママだって片づけてない」と言われれば、「そうだね。片づけるよ」とは言います。
幼いころ、私は自分を守るのに必死でした。下の妹が病気で障害を持つようになってからは、拍車がかかりました。考えるのも、行動するのも、苦しく悲しく孤独だった自分を守るのも、自分でやるしかありませんでした。誰も守ってくれはしなかったのです。心を許せる人というのもいませんでした。だから、小学校低学年くらいまでの記憶はあまりありません。
頭の中はごちゃごちゃしていました。片づける、整理する、ということは、ある程度ゆとりがあってできることだと思います。追いつめられ続けている時に、そんな余裕はありません。母が一緒になって、こうやって揃えて片づけるのよ。などと教えてくれた記憶もありません。ただ、おもちゃを大きなこおりだか、入れ物に投げ込んでいたことだけ覚えています。
精神的に追いつめられていた10代後半から20代の頃など、部屋はめちゃくちゃでした。TVでよくやる「片づけられない女たち」のように、物が積み上がってこそいませんでしたが、足の踏み場なんてあったんだろうか、というほどでした。 片づけたい、きれいなところにいたいと思うようになったのは、やはり自分が安定し始めてからです。 目に見える物がモノクロからカラーに変わったような変化が過ぎた頃から、ようやく私は「片づけるべー。」と思えるようになったのです。片づけようと思えばできないことはありませんでした。
ただ、やはり長年の習慣からか、私の空間的センスの問題か、やはり下手な物は下手なのですが・・・。
「ママもお片づけしなきゃ駄目だよねー。」と昨日保育園の帰りに息子に言ったら、「ママ、いつもパソコンの周り、散らかっているもんね。やっぱり片づけた方がいいよ」とおずおずと言いました。 そりゃそうです。やはり子供は見ていても、普段は親にそんなこと言っちゃいけないと思って、矛盾を心の中に持ちながら葛藤しているんですよね。
「うーん、わかってるんだけどねぇ、今日もお片づけしている時間がなくて・・・・」まったく情けない限りです。(息子は保育園では片づけが上手な方らしい。) 子供は親をよく見ています。口で立派なことを言っても、実際はどうなのか、実に鋭く観察しています。この矛盾が大きければ大きいほど、子供は混乱するでしょう。こうして子供は、口では立派なことを言いながら、実際は矛盾することを平気でするような大人へと成長していくわけです。そして、本人はそのことに疑問も持たないのでしょう。 だって、自分を導いたお手本がそうやって自分を特訓してくれたのだから・・・
さて、今からでも遅くはありません。私も修正しましょう。誰にも救いはあります。気づいたら受け入れる。そして修正していくように心がければいいのです。少なくとも子供は、修正しようとしている親の努力は認めてくれるかも知れません。

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