被虐待ネコと私
8.タマ、A玉との永遠のお別れ
2005/5/29(日) 午前 7:07
数ヶ月後、タマとAちゃんを引き取った友人のうちに遊びに行った。アパートの部屋はかなり汚れていた。やはりあちこちおしっこをしたり、爪をといだりしたらしい。友人も、だいぶネコたち、特にAちゃんを痛めつけたようだ。同じ敷地内に住んでいる大家さんが、怒りながらも結構餌をやってくれたりするらしかった。
2匹の様子を見てとても胸が痛んだ。タマは、それでも私に恩義を感じているのか、私にすり寄ってきた。Aちゃんはといえば・・・ おびえて押し入れの中に入り、抱こうとすると威嚇した。「あんた私を捨てたわね!」「もう絶対に人間なんて信じない!」「近寄らないで!」 憎悪さえ表しているようなその目は、決して私を受け入れようとはしなかった。 これには本当にショックだった。確かに、3匹を飼うのは無理だったとはいえ、「私はタマとAちゃんを「見捨てた」ということを、はっきりと認識させられた。 でも、あれだけなついていたAちゃんが、私を憎むように見た目。私は今でも忘れられない。
Aちゃんが交通事故で死んだと聞かされたのは、それから間もなくのことだった。環八に飛び出して車にはねられたらしい。他のネコに追いかけられたのではないかという話だった。ずっと手元においておければ、こんな寂しい死に方もしなかったろうにと思うと可哀想で、自分の無力さに落ち込んだ。
さらに1週間後、タマが交通事故で死んだと電話が入ったとき、私は絶句した。 Aちゃんが死んだのとほぼ同じ場所で、車にはねられたというのだった。 タマは、頭のいい、上品な優しいネコだった。いなくなったAちゃんのにおいをたどっていったのだろうか。 ネコにどれだけの感情があるのかはわからないが、人間の目から見ると、まるで親が子供の後を追ったような最後だった。
私はBちゃんを抱きしめて謝った。「ごめんね。Bちゃん、タマもAちゃんも死んじゃったよ。守ってあげられなくて、ごめんね」
今でも2匹と最後に会ったシーンは、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇ってくる。

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