被虐待ネコと私
21.ふたたびBちゃんとのこと
2005/6/14(火) 午後 9:44
Bちゃんは、赤ん坊を遠くから眺めていた。あれ以来、特に近寄ることもなく、ただ、観察しているようだった。どう位置づけようか悩んでいたのかも知れない。
まあ、私たちもBちゃんが焼きもちを焼かないように注意は払っていたし、(単に夫に構ってもらっていただけだったりして・・・(*ё_ё*)) どちらかというと、Bちゃんの方が赤ちゃんを避けていたのかも知れない。赤ちゃんが大きくなって動きまわるようになると、Bちゃんはおびえていた。2歳近くになった長女がBちゃんに手を出そうとしたら、チャッとひっかいた。夫と私に怒られたBちゃんは、すたこらと逃げ出したが、それ以来長女もBちゃんを怖がるようになってしまった。一応「姉」(?)の座と権威を維持していたBちゃんだが、それも数年後には危うくなる。
2年後に長男が誕生したのだ。それまでは、どこか長女と張り合っていたBちゃんだが、この後くらいから少し変わってくる。丸くなったというか、家族というものを、本当に受け入れはじめたのかも知れない。今まで全然人前に姿を現さなかったのに、お客様が来ても隠れないでいることが多くなってきた。 そして、この長男はなかなか手強かった。しっぽを掴む。ぎゅーっと背中をつまむ。手出しをすると怒られるのがわかっているので、Bちゃんはけなげともいえる必死の形相でただただ必死で耐えていた。あとは隙あらば逃げる!これしかなかったねぇ。
でも、Bちゃんは長男に鍛えられて(?)、日に日に人に慣れていった。あきらめたというべきなのかな?
22.Bちゃんの若返り法
2005/6/15(水) 午後 4:16
その頃住んでいたのは木造モルタルアパートの1Fだった。昭和40年代の作りで古かったのだが、腕のいい職人さんが作ったらしく、天井も高く、趣のある部屋だった。小さな縁側と庭(というほどではないかも)があったので、Bちゃんはよくそこで日向ぼっこをしたり、雨を眺めたりしていた。
ねこはなぜ「ネコ」というか。よく、ネズミを捕るからだという。つまり、虫を捕まえるのは「ムコ」、鳥を捕まえるのは「トコ」というのだという(ホントかどうかは知りません( -_-)ふっ)。
Bちゃんはというと、やもり、蝶、虫、何だかきれいな鳥も捕まえてきたことあったなぁ。 ところでそのアパートにはネズミが出た。最初のうちはそれほど私たちの部屋には出なかったのだが(天井は走り回っていた)、Bちゃんはときにどこからか小さな子ネズミをくわえてくることがあった。やっぱりネコだ。ただし、大きなネズミを見ると逃げる!子ネズミ限定・・・
引っ越す2年ほどからネズミはどこかに穴を開けたらしく、台所でもネズミの糞を見かけるようになった。実はBちゃんは、10歳を過ぎた頃から時々「老いたかな」と思うことがあったのだが、ネズミのお陰で活力を取り戻したようだった・・・。
Bちゃんはよかったんだけどねー・・・ なんとこのネコ、取ってくるのはいいが、部屋の中で放してしまう!(。。lll) 遊んでいるわけだ。 おーい!勘弁してくれ!と何度叫んだことか・・・押し入れ、テレビの後ろ、さあ、こうなるとネズミはどこに行ったかわからない。そのうちBちゃんは飽きてどこかへ行ってしまう。 こら!逃げるな!ちゃんと後始末していけ〜!
たいていは夜なので、私たちだって、このまま寝るわけにいかない。夜中、枕元に「ちゅー」だなんてありえな〜い!
23.子ネズミのその後
2005/6/16(木) 午後 9:45
Bちゃんは、ちょっと前肢で子ネズミを転がしてみては、また押さえつける。そっと子ネズミの首根っこにかみつく。すると、子ネズミは動かなくなり、死んだふり(?)をする。Bちゃんは、前肢をネズミから離して見ないふりをしている・・・たぶん「ふり」なんだと思う。子ネズミがこことばかりに逃げようと動くと、さっと捕まえる・・・。いたぶっているとしか思えない・・・(--;)
そのうち結局子ネズミは逃げてしまうのが定番なのだが(部屋の中にね・・・)、Bちゃんはたいていどこかへ行ってしまうのだが、時には根気よくネズミがテレビの裏に入っていったのを見て、じーっとそこで待っていたりする。根気にかけては、確かにネコの方が上だ。ほぼ100%根負けをするのはネズミで、はい出してくる。 まあ、その場合はネズミは昇天。Bちゃんは得意顔である。でも、これがほんとーにちびっちゃい子ネズミばっかりなんだよね。 そうそう、獲物を捕ったネコは、誉めて欲しくて、得意顔で飼い主に見せに来る。確か、台所で「ちゅちゅっ」と声がしたと思った直後にBちゃんが嬉しそうに入ってきたので、鼻先でドアを閉めたことがある。まあ、その時のBちゃんの憮然とした顔。 せっかくいいもの取ってきたのになによ!って顔だったわね。
実家で別の猫を飼っていた頃には、よく机の下にネズミや雀の死骸がころがっていたなぁ。隣のニワトリを取ってきてしまって、母が謝りに行ったこともあったっけ。夜中に、ネコが枕元に来て、嬉しそうにぺろぺろ顔を舐めるから、「おお、よしよし」って布団の中に入れてやって、朝起きたら、枕元にネズミの死骸があったことがあるわって母が言っていたことがあったわ。「ネズミくわえてきた口で顔を舐められてたのかと思うと・・・」うーん。たしかにちょっと・・・(¨;)。
そういえば、今のアパートの大家さんは、マンションで野良猫を20匹外ネコで飼っていて、全部自費で去勢もしているらしい。「お前たちこんなにしてやっているのに、恩を感じてるの?」ってネコ相手に 言ったら、次に来たときにやもりを手みやげに持ってきたらしい・・・・・・/(^◇^;)。 「やもりもらってもねぇ」 そうよねぇ・・・
まあ、猫の恩返しはこのくらいのことらしい・・・。どなたか猫の恩返しの例があったら教えて下さいね。
24.またまたお引っ越し編
2005/6/17(金) 午後 4:41
今日はBちゃんのいない部屋で、突然寂しさに涙が溢れてしまった。こうしてPCに向かいながらの合間、Bちゃんを抱っこしては話しかけていたっけ(T-T) 。
前のアパートは、昔ながらの作りだったので、何となく空間が広かったのだが、大家が代替わりして取り壊すというので、出なければならなくなってしまった。1Fで探そうと思ったのだが、なかなかいい物件がない。ようやっと今のアパートが見つかったのだが、2Fだった。まあ、もう年だからそんなに外に出ないだろうし、いいか、ということでお引っ越し。
そうそう、この前のアパートに引っ越したことを書き損ねたが、あのときは1日半くらい天袋から出てこなかった。今回はどうかな、と思ったが、さすがに引っ越し慣れしたのか、天袋が天の岩戸にはならずに済んだ。もうここがBちゃんの終の棲家になると思ったけれど、1年半暮らしたことになる。
3日ほど経つと外に出たがったので、連れて行ってやった。前と違って庭に代わるようなところもない。もう縄張り争いに参加するのも大変だろうしね。そのうち、外に興味を示すものの、たいして出たがらなくなった。 押し入れとタンスの上、そしてCDデッキの上が定位置になった。引っ越しは夏だったが、涼しくなってくると、押し入れに入っていることが多くなった。しかも、ちょっとしたこだわりがある。
Bちゃんのお気に入りの毛布があり(普段は夫が使っているやつ)、それをふわふわの掛け布団の上に置かなければいけない。そして、その周囲もできるだけ枕やら布団を詰め込む(安心するらしい)。 朝は5時過ぎから早く布団をたたんで私のベッドを作れと騒いだものだ。「まだ無理だって・・・」と無視して寝ていると、大事なものの上にげぼしてあったりする(大事なものはしまいましょう)。
結構律儀な(?)ネコであったので、夜は夜で、夫や私が布団にはいるまで待っていた。たいてい夫の方が早いのだが、夫が布団にはいると、私を呼びに来る。「早く寝ようにゃー」ってな感じかな。 「先に○ちゃん(夫の名)と寝ててよ」というと、一応夫の機嫌を取りに側に行く。が、私が布団にはいると、待ってましたと布団に入ってくるのだ。 ここにもこだわりがある。(私が)左腕を下にして、それを腕枕にする。右を下にすると怒る。その上例の入ったり出たりが始まる。当然、入りたいときには私を起こす。私はBちゃんの召使いかぁ・・・?
その年の冬もトーゼン・・・不眠気味だった・・・。おまけにその年は私を起こすのに新たな、効果的な方法を見つけた。鼻の穴に爪をかけてピっとひっかくのだ。お陰で私の鼻の穴の一部はいつも爪の引っかかった跡がついていた。これがまた痛かった。o(>_<)o ☆
25.Bちゃんの努力(?)
2005/6/18(土) 午後 9:27
数年前の冬、一度もう寿命かと思ったことがあった。食欲はなくなり、咳をして、押し入れに入ったきりだった。アディオという波動具がある。最後はこれしかないと思ってつけておいた。それをつけた写真が以前画像に取り入れた写真である。現在はアディオイフといって、長方形のものだけど、以前は涙形のしゃれたものだった。
その時は、奇跡だと思った。ネコは4つ魂を持っているらしい。以前にも2回弱ったことがあったので、3度目の奇跡だった。次に弱ったときは寿命だなと思った。もし、Cちゃんの分と母親の分とAちゃんの分の魂が助けてくれていたとしても、やはり4度目はBちゃんの寿命と言うことになる。
さすがに15歳を超えて、Bちゃんは弱っていった。外に出ることもなくなったからか、自慢のバネも衰えて、押し入れからずり落ちたりもした。とはいえ、外に出て縄張りを張るのもかなりのストレスのはずだから、もう、家にいるのが良かったのかも知れない。 今年に入ってから、窓際に老いてあるCDデッキの上がお気に入りになった。ちょうど日が差すと暖かいらしく、CDデッキの後ろにカーテンがあるのだが、カーテンと窓の間に入り、CDデッキの上に乗っかると、カーテンが挟まれて、安定するのだ。だから、ちょうどいい具合にカーテンをひっぱれと私や夫に要求した。日のある間、ずっとそこにいることもあった。
それでもまだ元気はあったので、昨年はそれほど気にすることはなかった。日に日に人間くさくなり、構ってやらないときの嫌がらせもステップアップした。
ある朝、朝食の支度をしていたら、本棚につるしてあった食パンの袋に水が溜まっていた。何だろうと思ったら、黄色い・・・(〇o〇;) まさか!と思ったらBちゃんのおしっこがたっぷり溜まっていた・・・ しかしどうやって??? うーん。棚の上によじ登り、パンの袋の中にわざわざおしっこをしたらしい・・・\(◎∠◎)/オウ〜ビックリデース
ここまでやるかっていう感じよね・・・しかし想像するに、Bちゃんも苦しい体勢だったろうなぁ。怒るのを通り越して、あきれました・・・まる
26.最後の冬
2005/6/21(火) 午後 3:08
Bちゃんは、今年に入ってから随分弱ったようだった。
毎朝早くから、自分のベッドを作れと騒いではいたが、以前は、Bちゃんを押し入れに入れてやるとじゃれて(?)かみついたり、キックしたりしたのが、しなくなってきた。時折窓に近づいて、外に出たそうなそぶりはみせたが、実際にだしてやっても嫌がってすぐに戻ってきた。
陽が出ているときは、ずっと窓際のCDデッキの上で日向ぼっこをしていた。
夜は相変わらず律儀に私たちが寝床へはいるまで待っていて、見てもいないのに、なぜか音を立てずに布団に入っても、入った途端に押し入れから出てきた。いや、入る直前というのか、さ、いざ寝ようと布団に倒れ込むと、何か感触がおかしい。 必ず枕の上にBちゃんが陣取っていた。今寝ようとしたときにはいなかったはずなのに・・・。それも枕のど真ん中。「とーぜん」「ここは私の場所よ」と言わんばかりだった。 あれはBちゃんの生き甲斐だったのだろうか。
今年になってから、Bちゃんは、ずっと私の布団に入っているということをしなくなった。たいてい(特に)私と夫の頭の間に陣取っていた(一応、Bちゃんの枕を夫と私の間に作ってやっていた)。そしてなぜか、夫がトイレに夜中起きたりすると、ついてきて、また寝るまで待っていたらしい。私の時はそういうことはなかったんだけど。 見張っていたのかな。いや、見守っていた・・・かな?
だから今年は何かが違うと、そう感じていた。私は「もうこの冬は越せないかも」とか、「夏までは持たないかも」などと口にしてはいたが、本当は、そんなことは恐くて認めてられなかった。
27.3匹の猫写真
2005/6/22(水) 午後 1:43

アルバムごとネコの写真が見つからず。引っ越ししたときにどこかへやってしまったらしい。一枚だけ出てきたので、載せてみようと思う。
28.Bちゃんとうちの家族の写真
2005/6/24(金) 午後 10:30
しつこく探していたら、以前家族を取った写真にBちゃんが写っていた(顔は写ってないけど)。でも、いつも写真を撮るのは私なので、私とBちゃんが写っている写真はなかったわ・・・(T▽T) うーん、アルバムにもなかったかも・・・
29.なかなか書き進まない・・・
2005/6/28(火) 午前 10:40
やっぱり、「死」の時期が近づいてくると、書くのが重くなってくる。無意識にネコが通れるくらいの間を開けて引き戸を閉めるとき、出かける前や寝る前に、大事なものは大丈夫か、と、ふと引き返そうとするたびに、もうBちゃんのいないその空間を、今さらながら気づかされることがある。
どんなに心の勉強をしようとも、どんなに道理がわかろうとも、悲しいものは悲しいのだ。目の前の悲しみが消えるわけではない。 でも、それでいいのだと思う。 年を取っていくと共に、大事な存在を失っていく。お年寄りが、この世よりあの世の方が知り合いが多くなってしまったから死ぬのは恐くない、と言うのを聞くことがある。普通に平均の寿命を全うするならば、だんだんとそんな心境になって心の準備ができていくんだろうな。
生まれてくるところと、死んで帰って行くところが同じだと考えれば、
生まれることが喜びであったら、死ぬることが又同じくよろこびでなければならぬ 『万人幸福の栞 −死は生なり』より
ということだろう。
生きている中で、深く傷つけらることは多くある。この世に生まれて、生きる、ということは、いかに自分を傷つけた出来事、また自分を傷つけた人を受け入れ、許せるか、そして究極はそれにすら感謝できるか、ということにあるのではないかと最近思う。 反論はあるだろうし、自分ができているわけでもない。できてもいないのに良い子の顔をするつもりもない。ただ、許すことによって、自分を縛る何かから解放され、自分を高めていくことができるのではないかと思うだけのことである。
30.久しぶりに更新
2005/7/14(木) 午後 3:50
今朝、子どもを乗せて自転車に乗っていたら、白いネコがいた。振り返って私を見上げたその目は、Bちゃんによく似ている気がした。
春になると、Bちゃんは、押し入れに上るのも困難になった。ひっかいたりかみついてじゃれることもなくなった。体温も低くなっているようだったので、人間にとっては寒くない日でも、ホットカーペットをつけてあげていた。 4月に出張で高知に行った。おいしそうなシラスを売っていたので、買ってきた。Bちゃんにも少しお裾分けをしたが、そのまま冷蔵庫にしまっておいた。少し堅めの揚げじゃこがあったので、そっちをやっていたのだ。あわただしく過ごすうちに、ふと気づくとBちゃんはカリカリを食べなくなっていた。缶詰だけやっていたが、戻すことも多かった。結構好き嫌いがはっきりしたネコなので、気になりながらも忙しさにかまけていた。 5月の初旬には、缶詰も少しだけ口を付けるに過ぎなくなった。
今年の2月くらいから、Bちゃんは、寝る前にやけに私の口元を舐めるようになった。親愛の情だというのはわかっていたが、「もうわかったからいいよ」と言っても、やめようとはしなかった。 もう、死が近いのを覚悟していたのかも知れない。 5月に入ってからだろうか。ふと気づくと、Bちゃんは私の口元を舐めなくなっていた。私は不安だった。鼻をくっつけても、ぺろりともしない。ぷいっと横を向いて、枕の上に丸まるだけだ。差し出す指すら舐めることはなかった。
私は悔やんだ。もう一度舐めて欲しいと思った。なぜ、ざりざりするからって拒否してしまったのだろう。おそらく、そのころはもう、内蔵が傷み始めていたのだと思う。
5月の初旬、今でも鮮明に覚えている出来事があった。私がもう布団に入った後、Bちゃんは、私に何か要求しているらしく、にゃあにゃあ鳴いていた。私はもう眠かったし、はいはいと返事をするだけで出て行かなかった。すると、カーテンの陰でけっけっという声。しまったと思い、Bちゃんを抱き上げる。と同時に夫の布団の端に戻してしまった。毎度の嫌がらせである。標的はまず、夫の布団なのだ。しかたなく起きて始末していると、何となく怪しげな気配。ふと見ると、廊下でうんちをしようとしているところだった。一応紙が敷いてあった上なので(単に広告が廊下に落ちていただけだが・・・)、わざとしたのは明白だった。 一段落してからゆっくり抱きしめた。私に来て欲しかったんだろうな。そんなにも。
それからである。目に見えて弱ってしまったのは。

こころとからだの関係を学ぶ〜ホリスティックな世界への招待
トライアングルのセラピスト・小林純子の通信講座。心、体、魂、そしてホリスティックな生活に関する知識や実践法などを紹介しています。
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