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被虐待ネコと私 

 

11.初めての引っ越し

 2005/6/2(木) 午前 11:46

 

都合で、引っ越しをすることになった。とはいえ、ネコと一緒に住めるような所はまずない。悪いとは思ったが、飼っていることは内緒で引っ越しをした。

 さて、ネコは家につくと言うが、Bちゃんはといえば、引っ越すと、こわごわ家の中を歩き、押し入れの天袋に入ると、そこに落ち着いた。落ち着いた・・・というか、出てこない。

 結局3日間の間、飲みも食いもせず、トイレにも行かず、そこでじっと粘っていた。降ろそうと思ったって、奥に行ってしまってでてこなかった。

頑固者というか、極端に臆病というか、意固地というか・・・

 4日目にようやっと天袋から下りてきて食事をし、うさんくさそうに部屋を歩き回った。

1週間も経つと、外に出るようになった。ちょっと心配したが、偵察して戻ってきた。新しいすみかだと認識したらしい。

 

 

 

 

2005/6/2(木) 午後 10:02 

12.ようやっとなついた(?) 3年目ヽ(^o^)丿

 

 

 真冬の寒い夜でも、絶対に私の布団に入ってこようとしないBちゃんであったが、3年ほど経った冬のある夜、突然タンスの上から下りてきて、私の布団に入ってきた。
 私の腕を枕にしてごろごろとのどを鳴らす様は、ちょっと感動ものであった。

天然あんかでもあるし、暖かくて、軟らかくて、とても嬉しかった。ずっとこのままだったら幸せだなー・・・・幸せ・・・のはずだったのだが・・・現実はそう甘くはなかった。

 Bちゃんは、何度も夜中に布団を出たり入ったりした。普通ネコは好きなときに好きなところに勝手に潜り込むはずだと思っていたのだが、Bちゃんは違っていた。
 夜中、多いときには30分ごとくらいに、勝手に(^^;)出て行っては、布団に入れろと鳴く。こちらが眠っていると、顔をひっかく( ̄∇ ̄; !!!
 
 飲みに行った夜、起こされるのも気づかずに眠りこけた次の朝には、幾筋もの赤い線が眉間と額に付いていたこともしばしば・・・
                こういうのってあり?

 ま、手のかかる子ほどかわいいというか、こういうひねくれた愛情表現しかできないBちゃんを哀れと思うというか・・・
でも、会社に行くのが恥ずかしかったのは言うまでもない。

 

 

 

13.薬を飲ませたときのこと                          

 2005/6/3(金) 午後 5:37

 

 あれはいつ頃のことだっただろうか。Bちゃんが風邪を引いたようだったので、とりあえず人間の薬を少量飲ませてみようと思った。

 たしか、顆粒状の薬にちょっと水を加えて頬に塗りつけて、飲み込ませようと思ったのだが、どうしても飲み込まずに、よだれで流してしまった。あまりに抵抗するので手を離したのだが、いつものタンスの上に上ると、舌を出したまま口をくちゃくちゃと動かしながら、よだれを垂れ流している。その時の私を見下ろす目といったら!
 ほとんど般若のように目がつり上がっていた。そして、そのくちゃくちゃは、ゆうに30分は続いたのである。ネコは執念深い?・・・うーん確かに・・・

 しかたないので私は謝り続けた・・・「Bちゃんごめんよ。そんなに怒らないでよ、悪かったから・・」あまり許すようには見えなかったが・・・

 Bちゃんは、とても表情のあるネコだった。見るたびに顔が違う。こういうのも珍しいと思うのだが、すごく美ネコに見えたり、非常にぶすネコに見えたり・・・百面相のようだった。前世は人間だったのかね。

 

 

 

14.私はBちゃんの夫?

2005/6/3(金) 午後 9:36

  

   Bちゃんは私になついた。3年間試し続けて、ようやっと信頼してくれたのだと思うと嬉しかったのだが、今度は私への独占欲がすごかった。

 夜、布団を敷くわけだが、私が寝る前にいろいろ支度をしていても、「にゃー」とせかす。いつだったか、敷き布団の上に悠々と寝そべって毛繕いをし、私の顔を見て「にゃぁ」と鳴いたときには、「あなたぁ、早くぅ」と聞こえてきそうだった。
 ほとんど「新妻」といった感じだ。

 ところで、その当時は、もう結婚を前提に付き合っていた相手がいた。当然時々部屋へ遊びに来た・・・
あまり世間様に公表する話でもないのだが、当時の私はもう30歳をとうに過ぎていたし、許されるかな(^_^;)。

 机の脇に、棚があった。その横に布団を敷いている訳なのだけど、まぁ、彼と私が寝ていたときのこと。Bちゃんは、無言で棚の上に上った。そして、何をするかと思いきや、彼の上にどすんと飛び降りた。そしてまた棚にのぼり、そして飛び降りる・・・。5回ぐらい繰り返しただろうか。
 「嫌がらせかな?」「みたいだね。」

何回かそんなことがあった。

 また、その後彼と一緒に食事に行って帰ってきたときのこと。布団におしっこをしてあることもなん度かあった。
それだけではない! ある日など、どうもBちゃんの様子が変なので、うん?と思っていたが、寝ようと思って掛け布団をはいだら、布団の間にう○こがしてあったのだった( ̄∇ ̄; !!
それもわざわざ足先がはいるあたりに・・・
 つまり、布団の間に潜ってしたわけよね・・・

  ヾ(・・;)ォィォィ 普通ネコってそこまでする?

 似たような経験をした方がいたらお知らせ下さい・・・
 

 

 

15.人間嫌いのネコ                              

 2005/6/6(月) 午後 4:51

 

    ま、そんなわけで、Bちゃんは、他の誰にもなつこうとしなかった。
誰か遊びに来ると、一目散に押し入れの隅に逃げ込んで震えていた。人がいる間は絶対にでてこない。

 旅行などの都合で、私が長期いないこともあった。実家が近いので、10年くらいの間に何度預けたことだろう。
母は、現在ネコを3〜4匹飼っているほどの猫好きであるが、まったくなつかなかった。これには母もちょっとショックだったらしい。
何しろ、実家に連れて行き、私の部屋の押し入れに一度入ったら、それっきり出てこなかったという。
餌とトイレは部屋の中に作っておいたのだが、最初の3日間くらいは手つかず、それ以降も姿を見なかったという。押し入れから引っ張り出したら震えていたとのことだった。2週間以上そこにいても、である。


 また、私の知人が私の部屋を訪れて、たまたまBちゃんを見かける人もいたのだが、Bちゃんは、おとなしくその膝で撫でられていたかと思うと突然かみつく!ということをやってのけた。記憶のある限り、私が夫と一緒になるまで、おとなしく撫でられたままでいたのは、若い女性の友人ただ一人、一回きりである。そのときBちゃんの機嫌が良かったのか、彼女の優しさが気に入ったのかは定かではない・・・

 当然、当時私の付き合っていた相手にも絶対なつこうとはしなかったし、彼の方も気に入らなかったようだったし・・・(当たり前だよね(^。^;))

 

 

16.夫とBちゃん                               

  2005/6/6(月) 午後 9:22

 

 結局、Bちゃんのことが原因な訳ではなかったが、彼とは別れの日が来た。Bちゃんはほっとしたようだった。
 夫になる人に出会ったのは、それから1年後くらいのことだったろうか。自称大のネコ好きで、どんなネコでも瞬時になつかせてしまうんだと自信満々だった。「いやー、うちのBちゃんはたぶん無理だと思うけど・・・」「そんなことないって、大丈夫」と豪語していたのだが結果は・・・
無惨だった。
まず、近づかなかった。そして、抱き上げたら、後ろ肢で思いっきり連続げりを食らわせていた。さすがの夫もかなり手こずっていたようだ。
 夫の努力はたいしたものだった。その受け入れる寛容さは、さすが僧侶だな、と感心したものだ。

 それでもなつくまでに1ヶ月を要した。なつく少し前、抱いていたら、思いっきりがぶりと親指の付け根にかみついたそうだ。怒らずに、「痛いよ、Bちゃん、痛いよ。」と優しく言っていたら、じっと見上げてそうっと離して手をぺろぺろと舐めたらしい。きっとBちゃんの最後の試験だったのだろう。その後も何回かかんだり、ひっかいたり(これも、だんだんに爪を食い込ませていくようなかなり強いものだったらしい・・・^_^;)したらしいが、だんだんに優しいものになったそうだ。

 そんなわけで、Bちゃんは一応夫のことを認めたようだった。
一応ね。

 だって、やっぱり寝るときは、夫と私の間、それも、頭と頭の間に必ず割って入っていたから・・・
そして、夫の顔の前に尻の穴を向け、しっぽで顔を叩くのだった・・・( ̄∇ ̄; !!

 

 

17.三角関係〜夫と私とBちゃん

 2005/6/8(水) 午前 10:37

 

さて、夫は、「ネコがお尻を向けるというのは、信頼している証拠だ」という(本当かい?)。まあ、以前何かの実験番組で、犬はお尻のにおいをかいで安心する、という理論に基づいて、犬嫌いの人に、お尻から近づいて臭いをかいでもらうという実験の検証をしていたが、たしかに犬はおとなしくなっていた。そうやって相手を認識するのは自然なことかも知れない。

Bちゃんは、もちろん、私にお尻を向けることもあった。しかも、しっぽをあげて、正にを目の前に向ける。あれって鼻の前に向けていたのかなぁ?

 

それはさておき、Bちゃんは徐々に夫になついていった。そして、そのうち夫を恋人扱い(?)しだした。すりよる、甘える、そして夫には爪も立てなければかむのも優しく甘えるようにかむ・・・。
 それにひきかえ、私には相変わらず容赦なかった。撫でて遊んでやっているうちに興奮して思い切りかみつく(血が出るほどじゃないけどね)。爪を腕に深く立てて思い切りキックしまくる。「痛い!こらっ」と叩く振りをしたり、軽くお尻を叩くと、耳を寝かせて固まる。そのあと、「よしよし」と撫でてやると、満足そうに私の腕を舐めるのだ。ほとんど、親ネコにじゃれていたのと同じ状態。
 Bちゃんにとって、私は母親代わりだったのかも知れない。でも、私はネコのように丈夫な皮膚と長い体毛は持ち合わせていないので、痛かったよ。Bちゃん。


 

ただ、その頃私はお腹に赤ちゃんがいた。何となくそんなことも察知して、夫に甘えていたのかも知れなかった。もしくは、Bちゃんが私に、夫と仲の良いのを見せつけてやきもちを焼かせたかったのか(どっちに?)・・・どうかはわからない・・・
「このやきもちやきネコ、赤ちゃんが生まれても大丈夫かなぁ。」と、夫と二人で心配していた。ひっかいたり、のっかったり、目を離すと危ないのでは?と思っていたのだ。

  

 

  

18.長女が生まれて                             

 2005/6/9(木) 午後 9:29

 

    長女が生まれた。1週間後、病院から戻り、Bちゃんとごたいめーん。

「ほら、Bちゃん、家族が増えたよ。お前の妹だからよろしくね」

Bちゃんは、当然あまり面白くなさそうな顔をしていたが、(というより、興味なさそうって感じ?)私も初めてのことばかりで、Bちゃんのことは、申し訳ないが夫任せになってしまった。

 Bちゃんは、知ってか知らずか私の側にはあまり来なかった。これ見よがしに夫にべったりと張り付いていた。「これは私のものよ」と言わんばかりに。
それでも一応夫と私はBちゃんに気を遣っていた。あまりにも二人で赤ちゃんにかかりっきりではBちゃんがすねて家出してしまうかも知れない(ということはないとは思ったが)し、何より赤ちゃんにやきもちを焼いて意地悪するのではないかと思ったからである。

 そんな努力を認めてくれたのか、Bちゃんは、赤ん坊に手出しをしようとはしなかった。

 どのくらい日が経ったときだったろうか。私が赤ちゃんを抱っこしていたとき、突然Bちゃんが歩み寄ってきて、ぺろぺろと長女のほっぺたを舐めたのだ。それはまるで、「いいわよ、家族として認めてあげるわ」と言っているようで、私はちょっと感動したのだった。

 

 

  

19.Bちゃんの中に見えていた「私自身」のこと

 2005/6/13(月) 午後 3:28

 

 「赤ん坊」という新しい家族を迎え、Bちゃんがどう思ったのかはよくわからない。たぶん、「私」という愛する存在を赤ちゃんに取られて寂しかったことと思う。この頃Bちゃんは、私よりも夫になついているように見えた。私は夫にBちゃんの世話を任せ、どこかでほっとしていた。正直言って、どこかで「仕方なく飼った」という気持ちがあったように思う。今から思えば、その「仕方なく飼ったやっかいもの」というのは、私の中に存在していた、(私の)両親から見てやっかいもの扱いされていた「私」を投影していたのだと思う。

 私は、私の中の「親のやっかいもの」(わがままな、親から嫌われた部分の私だったのであろう)を、ときに疎ましく思い、ときにこの上なく愛おしく思った。私は親から叱られる以外構ってもらえない子であったから、私は、私の母が私に送っていたのと同じ、「忙しくてあなたを構えないのよ」というメッセージをそのままBちゃんに送っていたのだと思う。そして、同時にBちゃんに対する後ろめたさも感じていた。「もう少し子どもが大きくなるまで待っててね」私は自分とBちゃんに、そう言い聞かせていた。

 私にはその頃誰も代わりに頭を撫でてくれる人はいなかったが、夫がその役を引き受けてくれていた。そう思うと涙がでてきそう。(Bちゃんにも、幼いころの私にも、夫に対しても)
 Bちゃんは、私に見せつけていたのかも知れないね。「私を構ってくれなくても、貴方の大事な人は私をこんなにも愛してくれるのよ。私はあなたなんかより、こっちの人を愛しているのよ」って。

 人間は、親に育てられたようにしか子どもを育てられないという。世代連鎖、世代間循環、世代間連鎖などといわれる。私はこの問題に長く関わり、その連鎖を断つためにどうすればいいか。というような仕事をしている。でも、こうしてみると、Bちゃんにも、しっかりとつらかった子どもの頃の私を投影して、私が母親の役をやりながら、Bちゃんに同じ思いをさせていたんだね。

 もちろん、その間も、Bちゃんを抱きしめて、かわいがってはいたけれど、きっと、私は自分の子どもたちに向ける可能性が高かった、「こんなひどいことをするのは、わたしのせいじゃないのよ。あなたをかわいがらないのは、わたしのせいじゃないのよ」という、私が母から受け取ったメッセージを、Bちゃんに譲り渡していた。

 物言わぬ赤ん坊と違い、Bちゃんは、私があまりに構わないと悪さをして、「ちゃんと私を見て」とアピールをし、私が間違ったことをしていることを教えてくれた。あなたはこんなところでも、私を助けてくれていたんだね。

 

 20.前回に関連して虐待のこと

 2005/6/13(月) 午後 10:01

 

ネコのことからちょっと離れてしまうけど、せっかくだから虐待問題に触れておこうと思う。

 子育ては、子どもに自分を投影し、自分が親の立場に代わって、親との関係を再現してしまうものだから、その関係が健康的でなかったとき、悲劇は増幅して繰り返されてしまう。

 虐待しておきながら、その子に何かあったりすると気が動転する親がいる。それなら大事にしてもよさそうなものだけど、そうはいかないものらしい。親は、大事に思う子ほど、負の財産を渡してしまう。それは決して演技でも何でもない。

 親にいたぶられて育ち、親になった子は、何かしらの修正が加えられなければ、そこに何の意味があったのか確かめるように虐待を繰り返すといわれる。親から許されなかった自分を大事なわが子に投影し、虐待し、そしてその子を失ったときに気づく。誰よりも、何よりも大事にしたかったものは、その子であり、そして、その子に投影している、親に受け入れられなかった自分であることに。もちろん、一生気づかない、気づこうとしない人も大勢いるだろう。

 私は今、言いようのない空虚感を感じることがある。それは、Bちゃんに投影していた自分の一部を、Bちゃんと一緒に無くしてしまったような気がしているからである。「胸にぽっかりと穴が開いてしまった。」まさにそんな感じ。そして、抱きしめたときのBちゃんの軟らかく温かい身体、「愛しているよ」と言っているように私の鼻を舐めていたざらついた舌。あり得ないと思いながらもその関係が、どこかで永遠に続くと信じていた私がいた。死が近いこともわかっていたのに、私はどこかでそんなことない気がしていた。Bちゃんだけは、永遠に生き続けるような気がしていた。
 そして、そこに何を見ているか私は知っているはずなのに・・・今は見ないでいる私が、ここにいる。

 

  

 

 

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